手紙

xxxx子様
本当に久しくご無沙汰をしております。お変わりなくお過ごしのご様子何よりです。
この度は船橋市市展をご高覧くださりありがとうございました。
そしてその上に私の絵に対する奥深いご感想と一編の詩「突き抜ける美の先にあるもの」を手にし、直観として「さすが詩人だ」と感じました。
お手紙と詩を読ませていただきながら、私の方こそ何故か頬を伝わるものを禁じえませんでした。
「字は体を表す」と申しますが、絵にも色使い、筆使い、ナイフ使い、筆勢などを通して作家の心の奥底が自然に表れるのでしょうね。

私は今、私に課せられた人生を自分と自分以外のところでも全うすべく、がむしゃらに向き合っている自分を感じております。体力には妙な自信がありますが 時には何故か疲れを感じる時があります。でも、色々なことに直面したとき、そのことにストップをかけようとか言う気持ちがわかないのは自分でも不思議に思います。この性分は(?)これからもずっと続くでしょう。
更なる年齢を重ねたときはそうはゆかなくなる時も訪れるでしょう。・・・・が、一生「凛」としていたいのが希望です。

今、私は自分の健康であることに感謝しつつ、身辺にいるすべての人に「健康でありますように…」「健康が一番!」と申し上げています。

xxxxx子さんもどうぞ、日々健康に留意されてお過ごしくださいますようにお祈りいたします。
年末にはまた、グループ展がありますので是非お出かけください。お目もじを楽しみにしております。
御礼まで。
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# by aakinishi | 2017-07-08 17:07 | Trackback | Comments(0)

丸 50年を迎えて

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2017年(平成29年)5月3日  

この日私たち夫婦は結婚してから丸50年を   迎えた

 



50年という月日は長いようでもあり短いよ
うなものでもあった。

ひとことの言葉では言い表すことのできない
50年ではあるが強いて言うなら
[幸せな50年!」といえよう。
やりたいことを静かに見守ってやらせてくれた  優しい夫に感謝、感謝あるのみ。

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その夫が肺がんステージ4、最新医療の恩恵も受けられない、手術も不可能、放射線も受けられない、ただ残されたのは抗がん剤治療のみ、と診断を下されて絶望のどん底に突き落とされてから丸4年と4か月、何と5年目に突入!私の友人たちに「私の愛情で長生きさせる!」と豪語した私。こうしないとすぐに別れが来てしまうような気がして不安でならなかった。こう宣言すれば自分を少しでもより以上に奮い立たせることができるから…と。がんに対して向き合う学びもたくさんした。免疫力を高めることしかないことを知った私は本当に自分が信じられるものを取捨選択して夫と共に向き合ってきた。それが功をなしているのか目下普通の生活いわゆるQOLを保っている。

この先も 後ろ向きなことを考えず、二人で幸せを感謝できる穏やかな生活を続けられるようお互い寄り添ってゆきたい。そう心の中で己に語った一日だった。








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# by aakinishi | 2017-05-04 10:48 | Trackback | Comments(0)

贈る一文字

長い間いろいろお世話になった知人が転勤した。
感謝とはなむけの言葉として、私は一文字を書して贈ることにした。
その一文字は「無」
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「無」とは・・・  

中国における無の思想の精華は「老子」や「荘子」の無を展開した魏の王弼に見ることができる。

元来「老子」の無は,有に対する単純な否定の意味とともに有の意味を併せ持っていた。

だから「有が無から生まれる」ともいえた。

「荘子」は施策を一歩進める。「無用の用」というように,有の意義は無の作用によって生ずることを論理化したことで、それは無の無規定性、無限定性の発見に負うものである。


という意味を込めた一文字を送った。

今後 新天地で健康に留意して、
無から有を生じるような仕事ぶりを期待したい。







 
                


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# by aakinishi | 2017-05-03 12:24 | Trackback | Comments(0)

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最近 二人の友人がある会合を連続ですっぽかしたことがあった。
最近少し忘れっぽくなっているなと思えることが幾度も続いていた矢先のこと。
しかし一人は1回目は はっきりと忘れていたということ、2回目はダブルブッキングで優先順位としてこちらは欠席、しかし連絡を怠っていたと正直に謝罪した。しかしもう片方の一人は一回目の言い訳は全く尤もらしい理由で理解ができたものだった。2回目もまあ、それなりの理解が出来た。しかし3回目は言い訳がましい理由を付けた。現在は文明の利器というものが発達しているがゆえに恐ろしい。それは今までの話の前後からして全く矛盾をしているもので、完全に何か形を繕っているという証拠もつかめるくらいの嘘。彼女の話す口調も自信無げでしどろもどろ。正直に言えばすっきりはっきり言えるのに・・・自分だったら潔く正直に話し、まず謝罪するのに・・・失礼ながらそろそろ認知症が始まった?と思いながら言い訳を聞いていた。
そして老婆心ながら今後はまず手帳に記入すること、それをカレンダーに書き移すこと、それを毎朝チェックすること!と私自身が励行していることを勧めた。
嘘というのは事実でないこと、すなわち偽りということだ。
懸命に言い訳をしているその友人。しかし何故か、私は被害意識を持てもせずその嘘を許している自分がいた。なぜならば人を欺き被害を与えるるほどの嘘ではないからである。もちろん嘘をついているとわかったことは愉快なことではない。内心では少し腹を立てながらも静かに許容しているのである。
終局 自分を守りたいのだな。そんな必要はないのに自分をより良く見せるための嘘なのだなと私が解釈しているから。
そうそう、今日の朝ドラで母親が子供に嘘をついているシーンがあった。これは子供に心配をかけまいとする嘘であった。誰かを守るための嘘。このような嘘は許される…夫は言う。「人の意に反したことをする人は今、病気を患っているのだと考えればいいんじゃない」と。なるほど……。
しかし他人事と考えず私自身も自分を律しなければ!とつくづく考えさせられた最近の話である。















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# by aakinishi | 2017-04-14 13:33 | Trackback | Comments(0)

書について

1月4日 Sさんから頂いた招待券をもって久しぶりに上野へ出かけ書道展を見てきた。その中で内容に興味を惹かれるものがあったので記録をしておく。
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書に志す人はいかなる時いかなる所でもいやしくも文字を書くからにはそれが書を作品だといふ覚悟がなければならぬ。その覚悟が「道」である。ただ他人の面前にさらす作品だけに技巧を弄するだけならば、それは「書芸』であって「書道」ではない。  教師が黒板に文字を書くのも書道でなければならぬ。はがきにペンで書くのも書道でなければならぬ。ただ読めればよいといふだけの文字なら事さらに書道に志す必要はない。いかなる時、いかなる所で書く文字も高雅で風韻のあるものが書けるようになる。それが書道をする者の理想である。空海の「風俗状」は手紙であり、王義之の「蘭亭叙」や顔真卿の「争坐位稿」は草稿である。しかも名跡として後世の規範となっている。
書道は日常の文字生活を高雅にし、覚悟を新たにして精神を引き上げる道である。

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# by aakinishi | 2017-01-07 17:20 | Trackback | Comments(0)

2016年グループ展   「翔 展」

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今年最後の展示であるグループ展「翔展」が27日(火)に終了した。友人知人を交える忘年会を兼ねたパーティーは今年は25日だった。
年の瀬に迫った展示会期とクリスマスにかかるパーティーのため見に来てくださる人にかえって迷惑になろーと考えて私の関係者には案内状を出さずにいた。
だが絵を描く仲間が多く来廊くださり、それなりに様々なお話に花が咲き楽しくもあり有意義な時を過ごすこともできた。
来年は個展も控えている。身を引き締めて…いや気を楽にして制作にとりかからなければ・・・・(笑い)新しい年もその他の関わり合いもたくさん控えていて、相も変わらず忙しくなりそう!!
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# by aakinishi | 2016-12-28 15:47 | Trackback | Comments(0)

目は口ほどに物を言う

私は人間観察が好きである。十人十色とはよく言ったものだ。行動でも、言葉使いでも、ものに対する考え方でも、その人の育ってきた環境すらなんとなくわかってくるものだ。
目は口程に物を言うといわれているが、実際そうであるなと感じることが多い。
故事ことわざ辞典によると目は口ほどに物を言うとは
情のこもった目つきは、言葉で説明するのと同等に、相手に気持ちが伝わるものだということ。
確かに何もしゃべらなくとも目つきから相手の感情がわかるものだ。
人間が喜怒哀楽の感情を最も顕著に表すのが目だというから、言葉で偽りごまかしていても、目を見ればその真偽がわかる。

目が物を言う、目は心の鏡、目は心の窓 など同意のことばもある。また英語では
The eyes have one (or a) language everywhere.(目は万国共通の言葉)
The eyes are as eloquent as the tongue.(目は舌ほどによくしゃべる)という。

いろいろな個性を持つ仲間の集まりに参加することが多い。。それでも仲間と思えばそれも楽しからずや…でもある。人間は目によってさまざまなメッセージを相手に投げかけようとする。
私は誰とも親しく話しができ、仲間として尊重するタイプではある・・・が中には何かこの人苦手だなと感じる人もいる。それはその人の眼付きで感じるのである。容姿ではない、顔の造作でもない。眼付きなのである。優しさを持っている人は優しい目をしている。

だが、目が笑っていない。とにかく冷たいと感じてしまう。いつも怒っているのでもないのだろうがきつい!恐い。笑い顔すら作り笑いのようにも思えてしまう目つきの人は怖い!というより 嫌い!そんな人にはちか寄りがたい。

なるべくその目から自分を逃避させているのがわかる。これではますます仲間意識が薄れてくるのに・・・・。反省、反省、


自分は常に笑顔でいたい。慈愛に満ちた顔を持ちたい

これはごく最近 怖いもの知らずの私が珍しく怖さを感じたことがらである。
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# by aakinishi | 2016-12-01 16:14 | Trackback | Comments(0)

文化庁の支援事業

文化庁では,我が国の芸術文化を振興するため,音楽,映画,舞踊等の舞台芸術創造活動への支援,若手をはじめとする芸術家の育成,子供の文化芸術体験の充実,地域の芸術文化活動への支援,文化庁メディア芸術祭の開催をはじめとした映画やアニメーション,マンガ等のメディア芸術の振興等に取り組んでいます。
そのうちの子供の文化芸術体験の充実,地域の芸術文化活動への支援による
「文化芸術による子供の育成事業」に係る協力を依頼され
近隣の「こども書道」を担当して2年を経ている。年長さん、低学年、中学年、高学年の小学生を対象に毎月1回だけであるが公民館をその稽古場所として提供していただいている。挨拶から始まる稽古態度、用具の取り扱い方など子供たちの成長もあうごとに変化があって楽しみでもある。11月、12月は書初めの練習になるが常より大きな用紙に毎度私が子供に言っている言葉「太く、大きく、元気よく!」がどれだけ成果となって表れるか?これまた楽しみでもある。
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# by aakinishi | 2016-11-18 14:05 | Trackback | Comments(0)

忠告について思うこと

自分自身に対するや箴言を親切と思う人間は少ないし、もしそれを素直に受けることのできる人は仁徳と言えよう。
忠言を言われた場合自己防衛が働き反発反論したくなるのは当然かもしれない。
言う方も勇気を要する為に言葉や文章がきつく感じられる事もある。
でもその話の中に自分自身が成長するための栄養素を含むともえば良いのではないだろうか。
相手を憎むのではなく、相手の話や文章から栄養をとる勇気をもてばよいのではないだろうか。
どんな人間も完璧ではない、だからこそお互いに成長し合うことが大事なのではないだろうか。
言われたり書かれたりすれば誰しも気分は良くないだろう。
此処で人の差が着くのは素直に自分を改める心のある人とそうでない人であろう。
素直に感謝する心を持つことの出来る人・・自分に自信のない人は先ず素直になることが大切ではなかろうか。聞いてすぐ反論したり理窟を言う人は自信のない証拠ではないだろうか。そういう人はストレスをためやすい。
私は自分をストレスに強いと判断している。
何時かネットで「ストレスに強い人の考え方の特徴」という記事を見た。
文章は以下のとおりである。

1.「まあいいか」と受け流す
2.マイペースを保てる
3.人生は思い通りにならないと思う
4.タイミングが悪かったと考える(自分を含めて誰のせいにもしない)
5.相手の事情も想像できる
6.何事も経験と思う
7.周囲に頼れる
8.現実逃避が上手

これを見て私はすぐさま自身をチェックしてみた。結果は何とこの8項目 全てが私だったのである。(笑)マイペースの生き方をしているからか人からの中傷や誹謗が有ったとしても「蛙の面にナントカ・…」で、私は私しかいない!と思えば「うん、うん なるほど」で済む話なのである。
そして自分を省みると「正直者」なのである。嘘を一回つくとずっと嘘でかためて行かなければならないという。面倒なことがにがてな私は常に正直である。御世辞も言わない。
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# by aakinishi | 2016-09-14 10:49 | Trackback | Comments(0)

幸せな気分で

その人に好意をもっている人とそうでない人・・・・
これは話の受け答えと目の表情ですぐわかる。
顔は満面の笑みを浮かべながら心の奥では❓  という人もすぐわかる。
どちらと解ったとしてもそれなりに付き合えばいいわけだ。

嫌いなタイプと好きなタイプ・・・・
お互いさまだろうが・・これも少し話をしただけできまる。
多くの人に接している私も苦手な人と馴染める人がある。
これもそれなりに付き合えばいいわけだ。

でも本当に心の内を開けられる人、解り合える人はいたほうが良い。
たとえ100人中1人でも2人でも。

なお、友達間で嘘をつかれるのは一番しんどい。嘘は絶対ばれるもの。
ばれていないと思っている人もいるだろうがそれは相手がその人のことを問題にしていないから、気つかぬふりをしているだけ・・・.と私は思う。嘘をついたり、つかれたりしない間柄が良い。

年齢を重ねる途中にはいろいろ煩悶もあるが、今この年齢になるとよい意味で開き直ることが身について 少々のことには驚かないし、瞬間うっ?と思ったことも短時間のうちに消化、達観できるようになる。これが年齢を重ねると丸くなるということだろうか?

終局 人間万事、すること万事、大した違いはないということなのかもしれないが、感受性が強い、いや 過ぎる人はそうはいかず、おのずと自分にストレスを与えてしまっているのかもしれない。
ストレスをためない工夫をするのが良い。

人の一生は一度しかない。過去は戻らない。前を向いて進むしかない。
私は今日まで多くの人に支えられながら恵まれた環境の中での幸福感があった。
この幸せ感が最後までつづくといいな…こんなことを思う昨今である。
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     ヨーロッパの旅の途中で・・・さっとスケッチ
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# by aakinishi | 2016-08-24 14:55 | Trackback | Comments(0)