3猿(見猿、言わ猿、聞か猿)

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過日テレビを見ていて日光東照宮の見ざる言わざる聞かざる」の「三猿」両目、両口、両耳をおおった三匹の猿の話に接した。そして各国にも同様の言葉が有ることもわかった。それによると 「見るな聞くな言うな」の順で、並ぶ猿の位置が異なるのだそうだ。まあ順序などはどうでもよいのだが。
私も御多分にもれず幼いころ親からこの言葉は賢い人間のやることだと聞かされた。簡単に言うのならよけいなことを見たり聞いたり言ったりしないでいるのが無難だということだった。だから子供心に自分にとって都合の悪いことは見ない猿、聞かない猿、言わない猿のようであれば事は安らかに過ぎるという風に解釈したのだが・・・・・。
大人になって日光を訪れる機会が増えると此の三猿にまつわることを探りたくなった。
その結果解ったこと。 

「見ざる、聞かざる、言わざる」によく似た表現は古来世界各地にあり、同様の像も古くから存在する。しかしそれぞれの文化によって意味するところは微妙に異なり、またその起源は未だ十分に解明されていず、今後の研究と調査に委ねるところが大きいとのこと。
三猿は世界的にも"Three wise monkeys"として知られ、英語では"see no evil, hear no evil, speak no evil."という
漢語の「不見、不聞、不言」を訳したものが天台宗の教えとして伝わったとする説があること。『論語』に「非礼勿視、非礼勿聴、非礼勿言、 非礼勿動」(礼にあらざれば視るなかれ、礼にあらざれば聴くなかれ、礼にあらざれば言うなかれ、礼にあらざればおこなうなかれ)という一節があること
私は 論語の「礼節にそむくことに注目してはいけません、礼節にそむくことに耳を傾けてはいけません、礼節にそむくことを言ってはいけません、礼節にそむくことを行なってはいけません」という意味が自然に感じ取られるように思う。
このように確かにうなずけるのではあるが時代の移り変わりもあり、見ざる言わざる聞かざるの反対も又必要ではないかと思う。周りをよく見て、よく耳を傾け、自分の主張は曖昧模糊ではなくはっきり言う。今の世の中、これもまた必要であると感じ入るのである。でも あの3猿を「見て、聞いて、言って」の像に変えたら と想像したら一人でにやにやと・・・・あぶない私になっていた。
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by aakinishi | 2015-03-30 15:09
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