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最近 二人の友人がある会合を連続ですっぽかしたことがあった。
最近少し忘れっぽくなっているなと思えることが幾度も続いていた矢先のこと。
しかし一人は1回目は はっきりと忘れていたということ、2回目はダブルブッキングで優先順位としてこちらは欠席、しかし連絡を怠っていたと正直に謝罪した。しかしもう片方の一人は一回目の言い訳は全く尤もらしい理由で理解ができたものだった。2回目もまあ、それなりの理解が出来た。しかし3回目は言い訳がましい理由を付けた。現在は文明の利器というものが発達しているがゆえに恐ろしい。それは今までの話の前後からして全く矛盾をしているもので、完全に何か形を繕っているという証拠もつかめるくらいの嘘。彼女の話す口調も自信無げでしどろもどろ。正直に言えばすっきりはっきり言えるのに・・・自分だったら潔く正直に話し、まず謝罪するのに・・・失礼ながらそろそろ認知症が始まった?と思いながら言い訳を聞いていた。
そして老婆心ながら今後はまず手帳に記入すること、それをカレンダーに書き移すこと、それを毎朝チェックすること!と私自身が励行していることを勧めた。
嘘というのは事実でないこと、すなわち偽りということだ。
懸命に言い訳をしているその友人。しかし何故か、私は被害意識を持てもせずその嘘を許している自分がいた。なぜならば人を欺き被害を与えるるほどの嘘ではないからである。もちろん嘘をついているとわかったことは愉快なことではない。内心では少し腹を立てながらも静かに許容しているのである。
終局 自分を守りたいのだな。そんな必要はないのに自分をより良く見せるための嘘なのだなと私が解釈しているから。
そうそう、今日の朝ドラで母親が子供に嘘をついているシーンがあった。これは子供に心配をかけまいとする嘘であった。誰かを守るための嘘。このような嘘は許される…夫は言う。「人の意に反したことをする人は今、病気を患っているのだと考えればいいんじゃない」と。なるほど……。
しかし他人事と考えず私自身も自分を律しなければ!とつくづく考えさせられた最近の話である。















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by aakinishi | 2017-04-14 13:33
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