卑下

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色々な人とつき合っていると、中に すぐ自分を卑下したり厳しい自己批判をする癖がある人がいる。反面 傲慢すぎる人も中にはいる事もある。両方とも過ぎたるは及ばざるが如しという所であろうか。 難しい事かも知れぬが何時でもバランス感覚を失う事無く接したい物である。

卑下について言えば 例えば何かを立ち上げようとする時、又はミスもしくはそれに類似たことをしでかした時、そんな時、決まってこちらがコメントする前から「私には貴方のような能力が無いから」「わたしは頭の回転が鈍いから」「私は中途半端だから」
「私ってだめなのよ」「初めからわかっていればやれるのだが」 etc. etc.・・・・・・・・。

何回も、何人からも、聞いた言葉である。こう言う言葉は自分の考え方の把握でしか無いのではないか。
自分をそのように自己観察しているのであろうが、マイナスの判断やいかなる自己卑下もしなくても過ごせる事ではないだろうか。

だが考える。これは今まで他人から受けた辛辣な評価を気にしてしまう人生を歩んできた人や自分の最も近い所にいる人にさへ自分を表現できずにいた人には難しいだろう。
何事にも精神的苦痛を連想してしまう。ゆえに少しややこしい事は避けて通ろうとしてしまうのではなかろうか。

マイナスの判断は物事を億劫に考えたり、消極的になったりするもので、前進がないものである。
人が何かを成し遂げる過程では、すんなり行くものではなく、誤りに気づく事が多いものである。「自分を批判することに努力するのではなく、誤りをしないように努力する」というプラス思考にして、積極的な心構えでないと前進はありえないと私は考える。

女性の自分を卑下する言葉には、裏がある気がしてならない。つまり、「私ってダメね」は、いいわけであり、人からやさしい言葉をかけてもらうためのキッカケづくりとして使っているように聞こえる。つまり、非難をさけると同時に同情を獲得するという、一挙両得の手段として、自らを卑下して見せているように思える。

「自己卑下」は心理学的に言うなら「劣等感から来る自己防衛」だと言う。
自己卑下してる人は必ず相手に「そんなことはないよ」という反応を期待してる。
極端に自虐的な物言いをし「そんなことないよ」を求めるのだそうだ。

私も時には「そんな事無いよ」と つられて言ってしまう事があるが本当にそう思ってもよほど親しい人で無い限り「確かにそういうとこあるよね」とは言わない。もし、浅い付き合いの人に「確かにそういうとこあるよね」などと言ったらきっとあっけにとられたり、怒り出したり、自己弁護をはじめるに違いないと思うからである。「すぐそういう言い方をするけど そんな言葉はこっちにおいておいて・・・・」といってはぐらかして話を続けるようにしている。 しかし、このはぐらかし言葉も相手にとっては私を嫌いになる大きな要素になっているかも知れぬが、嫌いにならないでいてくれるのであるなら幸いである。

自己卑下することは成長なしと思う。現実は認めなければならないが、「卑下」することは自分の人生に決してプラスには働かない。自分を否定的に考えるのは不幸の方向にも導いてしまう考え方であると思う。

そして更に、自分を卑下する人たちは嫉妬心も強いと言う事に気づいた。
自分を卑下するものは、他人の行為を良いほうに持ってゆくのではなく、むしろひけらかすために、熱心に他人の行動を観察していて、周りを気にして、其の輪の中に首を突っ込んでいたくて仕方が無いのである。そのような行動を受身として直面した時は、とても面倒に思う事もあり、疲労感をも感じる事がある。

同じ状況に接していても,「心の持ちよう」で対応は全く異なるものだと思う。
どう受け止めるか,どう捉えるかが肝心なのだと思う。
要は,「ものの捉え方」で 起こった問題から自分が何を受け取るか、
そこからどう"反省"して今後にいかしていくか,ということだと考える。

其の反面、常になにか事を成すときは、カリスマ的な中心人物が必要だと思ってる。
カリスマ的人物は自ら、いろいろカリスマ役を演じるのは本当は、本人に取ってはキツイものであろうが、そう言う人がいる事で事がスムースに運んで行くのでは無かろうか。
卑下する人より信頼感を持つ事ができるし、共感して協力も出来る事も多い気がする。
私の周りにもカリスマ的女性がいてくれて助かる事が多いのが現実でもある。

「自己卑下」と「謙遜」を同じ意味に捉える人もいるが、「自己卑下」は自分に自信がない人の自己保存であり、「謙遜」ではない。
「謙遜」は本当は自信のある人が周りと同調する為の配慮であり全然異なるものと考える。
だから常に私は「自己卑下」に対しては共感を感じないように自分を導いているのである。

「自分自身に肯定感をもって、「卑下」でもなく「傲慢」でもなく 自然な形で「謙遜」できるような人間になりたい。
そう努力したい・・・・・ と思うのである。

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by aakinishi | 2006-10-15 15:34
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