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春の宵と シャンソンコンサート

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シャンソンを今一番の趣味として、また生き甲斐として頑張っている友人のコンサートに招かれ、未だ少し肌寒い春の宵に夫と二人で出かけた。

シャンソンコンサートに行くなど何年振りだろうと思いながら、またまた昔を振り返る。

イヴ・モンタンとの愛を歌ったエディット・ビアフのバラ色の人生(La Vie en rose)、イヴ・モンタンの枯葉(Les Feuilles mortes)ラストダンスは私に、そしてこれを聞けば自然に体が小刻みに動き始めるオー・シャンゼリゼなど等が懐かしい。オー・シャンゼリゼは、元々英語詞だったものが、フランス語の訳詞で大ヒットしたためシャンソンと呼ばれるようになった曲だそうだ。こんな昔ながらの曲の事を話せば 単純に年令が解ってしまう古い話である。

シャンソンとは、そもそもフランス語「Chanson」で、「歌」という意味で英語の「Song ソング」と同じである。つまり歌であれば皆シャンソンである。しかし、人生の悲喜こもごも、愛、政治批判、等、を情感たっぷりに歌い上げるシャンソンはなんとなく特殊な歌と言う感じがする。

シャンソンにはドラマティックなものを歌ったものもあり、日常に近いものを歌ったものもありと幅広いが、友人は「恋の友達」「夜のメロディー」、「じらさないで」、「ガラスの部屋」、「もしも貴方に会えずにいたら」の5曲を歌った。皆恋にまつわるものだった。

シャンソンに対する偏見かも知れぬが、いつもおしゃれ上手でセンスの良い着こなしをし、ロマンティストで、歩き方にまで美しさを追及した彼女にたいして、 なぜかシャンソンはぴったりと言う感じを受けた。

シャンソンの言葉の表現はなぜか心に響くものが多い。この5曲もストレートな言葉が入っているものもあり、回りくどい表現の言葉のものも有ったが、それが妙に心に残り、それのみではなく、シックだがエレガントさのあるドレスを身にまっとった彼女の容姿から溢れるお色気みたいなものと、手の指先にまで神経が行き渡った表現までもが加味されて、聞いている側にはジーンと来るものがあり、胸が熱くもなった。

聞いている間は皆、歌い手に身も心も奪われた感じであったが歌い終わった直後には、惜しみない拍手が送られた。
 
彼女はもしかして恋をしているのかも知れない、いや終わった恋を歌っているのかもしれない、などと私流の勝手な想像をめぐらしながら皆と一緒に大きな拍手を送った。

帰路につく空の色は桜の季節にふさわしく、おぼろげに花色に染まっているように見えた。そしてその中に冴えた月の姿があった。・・・・・・・ 久しぶりの余韻の残る春宵であった。
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by aakinishi | 2006-04-07 15:37

私の独りよがりの独り言 


相手が 優柔不断であるばかりにとても疲れさせられた最近の話。

優柔不断を辞書で引くとぐずぐずしていて、判断するのに迷いが生じること。決断力が足りない事 とあった。

自分が経験した事を具体的に記す事を今回は避ける事とし、例をあげて独り言を言って見る事にする。

例えば一番身近な事として例を挙げれば 依頼や誘いがあった時にYes、Noをはっきりと答えることができない人が多い。Noと言ったら、相手との友好関係にヒビが入るのではないかと危惧しての事らしいが、それはある意味でその人の“優しさ”とか”思い遣り“とかに言い換えられるのかも知れぬが、私からしたら勘違いでしかないし、いつも良い人と思われたい性格の八方美人だと言いたい。実のところそれは自信がないことの裏返でしかないと感じるのである。

しかし、これは日本人の国民性なのかもしれない。あっちの顔色を伺いこっちの顔色を伺い、Noと言いにくい時は、取り敢えずYesと言って相手を安心させて、その後で何時間も、いや何日もしてからbutをつなげてズルズルと、長い長いまわりくどい話をして、前進したかと思うと2歩も3歩も 後戻りして引きずった挙句、最終的には Noという。

これは聴く側にとっても、受け入れる側にとっても、とても疲れるやり方なのである。その人にとっては長く説明を加える事が相手への思い遣りのつもりらしいが、相手がそこで機会と時間を如何に無駄にしているかと言う事には気がついていないらしい。堂々とNoと言った上で人間関係を上手にとりもつことができないだけのことでしかない。

優柔不断な態度を切り捨てることや、いつも自分に正直で、自分に対して間違ったことを言わないでいる事が、人間同士がお互いに永く付き合い、生きて行く上でどれほど楽なものであるか・・・を知って欲しい。 Yes、Noをハッキリと言った上で対人関係をきちんと維持することができる技術をも体得すべきだと思う。 何秒かで終わる返事1つで 余分な事を憶測せず常にさわやかに、しかもテンポ良く付き合えるやり方があると言う事に気がついてほしい。

・・・・・しかし、これは全くの私の独りよがりの思いなのかも知れぬ。この考え方は私と同じ環境の中にいるとか、同じ性格である人にしか通用しないのかも知れない。

結局のところ、そのような人と無理に接点を持とうとする事は非常な労力!と考えたら人それぞれの”らしさ”を認識して、こちらが開き直れば “その人となりを納得” して眺める事が出来、少しは疲れも感じたとしても、今までの自分に更に余裕をもたせる事が出来るのだと自覚した。

人生半ばをとっくに過ぎた年令なのに、いまだこのような事で現を抜かしているのは若い証拠かな!!(独り笑い)

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by aakinishi | 2006-04-01 12:10