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お世辞

お世辞について考えて見た。

自分がそれほどに思っていない事柄を余りにも大げさに他人にほめられると身構える・・・素直でないのはわかっているが、素直になりすぎて馬鹿にされるのが嫌でお世辞か?、嘘なのか?、皮肉なのか?、からかわれているのか?、本気なのか?と・・・内心疑ってしまう。
それなのに適当な相槌でごまかすと言うのが常である。

ある所で人には4つの心の窓があると学習をした。

自分もわかっており、他人も知っている部分。(明るい窓) 
自分にはわからないが、他人は知っている部分。(盲目の窓)
自分にはわかっているが、他人にはわからない部分。(隠された窓)
自分にも他人にもわからない部分。(未知の窓)

お世辞も4つの心の窓がある事を理解した上で 言ったり聞いたりしなければならないと感じている昨今である。 そうしなければ誤解を生じる事が多々起こるだろうと推測する。

私はお世辞が上手に言えない人間なので、敢えてめったに 自分からは誉めそやしたりはしない。ひとに自分の持っている特技を教える立場にあるが実にめったなことではお世辞を言わないから、私が誉めるときは本当にそれが素晴らしく思えた時なのであり、決して口先だけのリップサービスではないと相手に理解を求めながら話すのも事実である。

お世辞も話し手の真意を聞き手に上手に伝えられない場合は嘘と共通する。そう思うので私は余り積極的にはお世辞は言わない主義なのである。

しかし御世辞は人間関係の潤滑油になる事も多い。人が他の人に言っているお世辞を聞いてなんとなく笑いがこみ上げる時がある。そしてお世辞のうまい人はなかなか人気者でもあり、陽気でもある。言葉を変えれば調子が良い人が多いと感じてもいる。 ゆえに過ぎたるお世辞はいやみではあるが決してそれを否定はしていない。

普段、私は極力曖昧な言い方をしないようにしているのだが、曖昧でない言い方にでも理解できない人がいると、時々我慢できなくなり、可愛くないなと思われるに違いないとわかっていながらも、ついつい皮肉を言いたくなる事がある。
しかし、今まで付き合ってきた中で気がついた事であるが、お世辞を言う人の中にはあまり皮肉を言わない人が多く、むしろ純粋で愛すべき人が多いと言う事である。

ろくにお世辞も言えない人間は、非文明人と言う人もいるから、そうだとしたら私は非文明人なのかもしれない・・・と感じながらも 今後も余りお世辞は言わないで済ますだろう。多分 潤滑油になっている人のお世辞を聞きながら、其の調子の良さと陽気さを楽しませていただく事になるであろう。  と開き直っている私でもある。
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by aakinishi | 2006-05-19 17:55 | Trackback | Comments(0)