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講演 「アマゾンに夢を託して」

5月2日(土) 船橋市国際交流協会主催の国際理解公開セミナーが開催された。
この日、講演をした人の名は・・・長坂(ながさか) 優(まさる) 氏。
現 アマゾニア森林保護植林協会会長をしている。


彼は私の高校時代の同期生である。 アマゾン在住43年。
1994年より訪日し、自然保護の草の根講演を開始し2008年5月現在で31都道府県1314会場で講演したという。

彼が会長をつとめる A、F、 A,(アマゾン森林保護植林協会)は
人間が生きてゆく為に必要な酸素・・・地球上の酸素の三分の一を産出している「地球の肺」アマゾンが鋼工業の地下資源採掘や木材パルプの輸出などの開発により熱帯雨林が既に16%も消滅し再起不能となっている状態でありこのまま無計画な開発が続き森林破壊が進めば地球上の生物全てに危機が訪れると危惧し、みどりの大切さを再確認し緑を育てる行動を起す必要を感じ「地球人 一人一本植林運動」を唱え、展開している協会である。

「地球人 一人一本植林運動」とは彼の配布した資料によると会長の長坂優氏が自らの土地、150Ha(東京ドーム30個分)を植林の為に提供。

資料によると A. F.、A. は植えられた一本の苗が将来にかけ酸素を生み、地球の肺を守る一本となり私達の子孫が緑の空気を吸い健康な体と健全な精神を持ち、平和な社会を保つ為に、緑の大切さを再認識し、緑を育てる行動を起す必要があると考えて日系開拓者たちが起したもの・・と記してあった。

植林協力者の苗には名札をつけて育苗、定植、管理などの全ての業務を代行し、一本一本を大切に育てる手伝いをしてくれるそうだ。

昨日見たTVでもアマゾンのみならず地球の肺と呼ばれるている他所でも伐採や山火事などで「肺」が危なくなっていると放映していた。

自己のみではなく大きな視点で考えれば今からでも遅くはない。今を生きている私たちが将来を見据えて「地球の肺」を守ってゆくべきだと痛感する。
植林の重要性と自然環境保護に少しでも役立つのであれば良いと考えアマゾンに一本植林を希望した。

さて公演内容に戻ろう。

何故アマゾン?という疑問が生じよう。彼は愛知県生まれの静岡県育ち。
東京農業大学農学拓殖学科在学中、外務省海協連、当時67大学が加盟の日本学生海外移住連盟派遣の中南米調査団員として一年間アマゾン研修を体験した。

戦後初の学生研修生としての体験が、その広大な未開の大地は一人の青年には希望の大地と見え、夢の実現が出来る実力社会、尚そのうえに明るい国民性に男のロマンを感じ、大学を卒業すると同時に1965年25歳で永住を決めたという。

しかし、永住を決めた夢の新天地における生活は夢と希望にはほど遠く現実の厳しさは正に地獄であったと話す。

与えられた土地は町から360キロメートル離れた原始林で幅2000メートル、奥行き自由という条件に大喜びしたのはたった一日。斧一本で手にまめを作りそれが破れ血だらけになり一日に一本の木を切り倒すのがやっとだったとのこと。

太陽の光が見えない生活は3ヶ月続きやっと木を切り倒した原生林の隙間から太陽光線が見えたときはその明るさと暖かさに感動し、自然の神に感謝したという。

たった一人での生活は精神にも異常をきたしかけ、大声で知っている限りの歌を歌ったり、日本語の辞書を一字一句声を出して読む日々が続き、そうしながら、自分を支えたものの 時には余りの過酷さと寂しさとから自殺さえ考えたこともあったという。

帰国のお金も無く耐えがたきを耐え、偲びがたきを偲び自分との戦いの開拓は続いた。この精神を彼は日本人の強さと素晴らしさだという。

しかしその気力と体力に限界がきた頃、マラリヤにかかってしまう。その病気とただ一人で向き合った時の話は壮絶であった。

意識不明のまま、たまたま訪ねてきた青年に発見され、乗り物も何もないゆえ、野宿をしながら3日目にベレンという街に運びこまれたが、無一文の彼は治療も受けられず、もう既に助からないだろうと冷たい石上に置かれたままのところを日系人成功者の援助で九死に一生を得たのだそうだ。。

その時病院で出あった女性が今の奥様。しかしその後もどん底生活は続いたのだが話す相手がいることが素晴らしく幸せであることを実感したとしみじみと語った。

出産の時の事、さらに続く貧乏どん底生活の事、家に初めて電気が通った日のこと、生まれた子供を一人ハンモックに寝かせ夫婦二人で開拓現場に行き、その間ハンモックをゆする方法に犬を起用したので子供は犬に育てられたのだという子育ての事等など 全ての彼の開拓時代の体験は私たちの想像をはるかに超えた内容の話であった。

自然が命の元である空気や食べ物を与えてくれる。生きている動植物の命を食べ頂くから必ず「いただきます」と言い両手を合わせて祈るのだ、自然界へのお礼と感謝を込めての言葉であるとも話した。
改めてたしかにそうだなと思いながら聞いていた。

時にはジョークを交えて笑いをとり、時には壮絶な体験を思い出して自らが声を詰まらせるシーンも有ったが終了予定の8時が過ぎても話は尽きないようだった。一番後方で時計を指しながら時間だと合図をすると最後にもうひとつだけ話させてくれといって話したこと・・彼は今まで百数十名の研修生を迎え入れたほか、日本から16名の問題児を預かったそうだ。

その16名の話。

親からも世間からも見放された16歳~21歳の親も教師も警察さへ鼻にもかけずに悪態の塊みたいなどうしようもない子供たちに、大自然の中で今まで味わった事のない体験をさせながら 実は自分は小さくて弱いということを知り本来の自分に戻り、全員が更生をして社会に戻っていったこと、その子供たちが帰国後の自分の近況(就職した事、結婚した事、子供が生まれて親になった事などなど)を知らせてくれることがってもうれしいと話した。そして付け加えて「其れは自分が彼らを更生させたのではなく自然の力である・・・・」と。
自然が人を育て、人間を成長させてくれるのだと結んだ。


ある地方で延々と4時間話をしたことがあるという。
残念ながら時間の都合で終了を余儀なくしたのだが、独特な語り口調の貴重な体験談は尽きることがないようで喉を潤す事も無いまま語り続け、丁度2時間の講演であった。もっともっと話があったに違いない。
講演を聞いた人々は口々によい話だったと言いながら家路に戻っていった。

そして今日5月8日、当日講演会に参加した人たちに会う機会があった。口々に「感動する話だった」「今までの講演で一番良かった!」「もっと多くの人に聞かせたかった」などと言うお言葉を頂き、私が船橋市国際交流協会に「国際理解公開セミナー」の講師として長坂氏に話させて欲しいと依頼した甲斐があったと喜んでいる次第である。

そして年に二回 春季、秋季と訪日して講演する長坂氏に少しでも多くの理解者ができる事を切望する。

フレー! フレー!長坂!! の心境である。

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by aakinishi | 2009-05-07 01:52 | Trackback | Comments(0)

信念と理念の下に・・・。


ある役員会での事。 新しい年になると同時に新年度(日本では4月を新年度という)の役員決めについて話し合う機会がある。
ご多分に漏れず私の属しているある組織の役員会においてもその協議が行われた。
協議事項として役員をどのようにして決めるかであった。

トップの会長は前年度の副会長二人の内の一人に会長を歴任していただき後の役員は5つある各ブロックより1~2名を推薦したうえで互選が良いという大半の意見によるものであった。 何故このような協議がされたかといえば「役員きめを密室で行っている。もっとオープンに・・・」という会員たちから出た声が元になっていたと思う。
この意見には私も全く賛成であり同意した。役員決めはオープンであってよい。推薦を受け、とにもかくにも候補として受け入れた人というのはボランティア精神のある しかも仲間の皆から信頼を受けている人に違いないからである。

ところがふたを開ければ其れが守られていなかった。何の為の協議だったのか。
私は其れに異議を唱え協議事項を守るべきと訴えた。 しかしその後も私の属しているブロックでの動きは無いままだった。
その後 その他のいくつかのブロックより推薦者が出たと聞いた。私が属しているブロック会議では其れが無いままだった。それなのに私自身の名前が挙がっていたのは腑に落ちない事である。何故ブロック会議にかけて推薦の形をとらずに進めるのか? 本人がその曖昧さをイヤだといっているのに最後まで形としても無いままであった。 

複数の人の再三にわたるある役を引き受けて欲しいという言う話があった。だが、このような形で受けるわけには行かない。「密室で決められた役員」などというレッテルは貼られたくない。
引き受けるからにはすがすがしい気持ちの上で活動したい。これを私の我儘だとは自分では思わない。 
残念な事に こういう私の気持ちは届かなかったのか・・事態の変化は何も無かった。


確かに人事というものは大変難しい。携わる人の苦労も良くわかる。しかし矢張りボランティア組織であるからこそ民主的に行われるべきであると思う。

協議が守られなかったという事が私の信念と理念にそぐわないという理由で役員決めを懸命になっている方々の心情を察しながらも固くお断りするしかないと思った。 これが私の頑なな所でもあるがそういう自分をいとおしいと思うし、頑張れ!と自分自身にエールをも送っているということも本当のところである。

だが思うに、 組織というものは存続してゆくものであると確信する。私のように頑なに自分の信念を押し通そうとする人ばかりではない。
信念を押しつぶしてでも 人事に携わる人を助けるという犠牲的精神で引き受けたのかは知る由もないが・・・引き受ける人は必ずいる。組織は続くものである。そういうものである。

人事に携わった人の苦労のお陰で一応役員決めは一段落したとのこと。 引き受けなかった私が言うのはおかしいが安堵した。

これから新体制の組織が動き始めるわけであるが、次年度に同じ類のことが生じるやも知れない。 もし、そのようなことがあった時は、協議事項というものは 爽やかに、粛々と 守りながら進めて行って欲しいと要望する次第である。

役員を辞退した私ではあるが今後ともボランティア精神を失わず、協力を惜しまず、新体制とともに歩んでゆきたい。

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by aakinishi | 2009-05-02 15:03 | Trackback | Comments(0)