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まるごとフランス大周遊10日間



6月26日(金) 8日目 パリ

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この旅 最後の地パリ。エッフェル塔、コンコルド広場、シャンゼリゼ通り、凱旋門など今までテレビ、雑誌などを通してしか見なかった実物を目の当たりにした。
しかし車窓からだけでは“パリ”の雰囲気を感じられない私がいた。頭に描いていた“パリ”らしいもっと垢抜けた部分を満喫したかったのに・・・・・実感できなくて残念。

次に楽しみにしていたルーブル美術館へ。
ルーヴル美術館は、パリにあるフランスの国立博物館である。1789年のフランス革命後、ルーヴルを美術館とすることが決まり、現在のように一般の人々への公開はその何年か後だったそうである。
d0053828_7104551.jpg 中庭にはガラスのピラミッド(内部に逆ピラミッド)があり、 その直下が美術館になっていてこの日も人人で溢れかえっていた。
収蔵品は、古代エジプト美術、ヘレニズム彫刻やギリシア盛期のローマン・コピーを含む古代ローマ彫刻、古代オリエント美術、中世・ルネサンス・バロック・ロココなど各時代のヨーロッパ諸国の絵画などの充実した収蔵品で知られる。
いよいよ館内に入り主要な作品の説明を聞く。
若かりし頃、上野で見たモナ・リザと再会・・・小さな作品の前は本物を一目見ようとまたもや人だかりはすごかったが、以前よりゆっくりと対面でき、色々取りざたされているモナ・リザ像にいろいろな思いを抱いてみる事ができた。ジャック=ルイ・ダヴィッドの「ナポレオンの戴冠」、「ホラティウス兄弟の誓い」サモトラケの「ニケ」、パオロ・ヴェロネーゼの「カナの結婚」、ダ・ヴィンチの「洗礼者ヨハネ」などなどは 鮮烈な印象として残った。
この中の収蔵品を全て見るにはいったいどのくらいの日程が必要なのだろう?近ければ日参したいものだと思いながら最後のヴィーナスをバックに記念の写真撮影をする。

次にオプションでの世界遺産のヴェルサイユ宮殿半日観光をする。
ヴェルサイユ宮殿は、1682年、フランス王ルイ14世が建てたフランスの宮殿で バロック建築の絢爛豪華な宮殿と幾何学的な模様を描く広大な美しい庭園は有名に値するものであった。離散したものを集めたという調度品や絵画も目を見張るものが多かった。私は過去に同じような感覚を覚えた宮殿があったことを思い出した。ウィーンのシェーンブルン宮殿だ! 小市民である私には想像もつかない生活ぶりだったに違いない。そして勿論、見切れないまま宮殿を後にした。

次はお買い物・・・少し疲れ気味の私たちは余り歩き回る事を避け、パリ三越で子供、孫、知人へのお土産を物色。少し肩の荷が軽くなったような感じを受ける。しかし、お土産選びは私の楽しみの1つでもある。
今日の夕食はエスカルゴ。思っていたとおりの味と舌触りであった。まずくもないし、さして非常に美味しいというものではなかったというのが本当のところである。
尻尾(?)の先までくるりと出た、出ないで一喜一憂する仲間の姿も叉楽しからずやと言うところ。

食後、といっても夜、9時近くから・・・といってもまだ空は明るいがセーヌ川クルーズを楽しむ。
セーヌ川には有名な橋がいくつもあると聞いてはいたが、どれがなんという橋なのかわからないまま船上より左右に広がる風景に酔いしれた。パリの縮図を見ているような、そんな錯覚さへ覚える。川岸には歌い、踊る多勢の若者がたむろし船上の私たちに向って手を振り陽気な一面を見せる。

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それに答えるかのように私たちも大きく手を振って答える。これも旅の楽しさの一面でもある。叉二人で肩を寄せ合う恋人同士の姿も何カップルか目に入り、若さって良いな!と思わず微笑む自分がいた。
約一時間のクルーズを楽しみ、バス乗車の為移動しているとき、背後より何か大声が聞こえる。何かを思って振り向くと、間近かにあるエッフェル塔がクリスマスツリーの電飾のようにきらきらと輝き始めたのである。「わー。」と叫んだ瞬間だった。今でも目に焼きついているほど美しかった!
今日の日程もこれで終了。、明日はいよいよ帰国。

6月27日(土) 9日目  パリ ~ 成田

シャルル・ド・ゴール空港春。11時50分発、AF272便にて帰国の途へ。
所要時間は約12時間である。

6月28日(日) 10日目  早朝(7時) 成田着。

「まるごとフランス大周遊10日間」の旅も終了。
今回の旅も天気にも恵まれ、仲間にも恵まれ、とても楽しい旅として幕が閉じられた。
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by aakinishi | 2009-07-31 07:15

まるごとフランス大周遊10日間

6月25日(木) 第7日目 モン・サン・ミッシェル ~ オンフルール ~ ルーアン ~パリ

朝のモン・サン・ミッシェルに別れを告げ(?)次ぎの観光地オンフルールへ。d0053828_11364916.jpg

オンフルールの街の中心は旧港周辺。港にはたくさんの船やヨットが停泊しており、港町特有
のひなびた雰囲気が漂っている。港の周囲には色とりどりの木組みの家が並び、独特のムード漂う古い街・・・「素敵な街だ。」1歩足を踏み入れた瞬間にそう感じた。
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そして此処は印象派の画家たちが好んで描いた場所という。この点はすぐ納得できた。兎に角絵になる雰囲気なのだ。

時間があれば絵の創作にはもってこいの所・・・と少しだけ絵を描く私としては胸の高鳴りを感じたほどであった。

旧港の周囲をゆっくりと散策し、たくさんの絵画ギャラリーを覗く。ギャラリーの絵画の中には大変興味を引くものがいくつかあったが私はそれらを購入する身ではない。今後の自分の制作活動の中で生かしてゆきたい材料となった事は確かである。

「サン・カトリーヌ教会」にも立ち寄る。天井が船底を逆さにしたような形が特徴。
フランス最古の最大規模の木造建築の教会で、船大工たちによって建立されたものとのことだった。

しばらくの自由時間に夫と二人自由散策をしたがこの街の、のどかな美しい雰囲気は、しばしの”癒されたひと時”となった。
味の良かった魚主体の料理の昼食の後、再び車中の人となりルーアンへ向う。

ルーアンには名物の黄金の大時計、「バラ窓」と呼ばれるステンドガラスが有名で、叉モネが光の変わりようの瞬間を描き、連作を完成させたノートルダム大聖堂、ジャンヌ・ダルク教会、その教会がある広場の一角にはジャンヌ・ダルクが火ぶりの刑に処せられたといわれる場所があった。

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黄金の時計台を潜り抜け、きれいにレイアウトされた店店を眺めながらお土産を物色。内装を黄色に統一したマカロンの店のレイアウトが美しく目を引いた。

その後、最後の目的地パリへ・・・・・・。今日も合計330kmほど走り続けたことになる。だがみなげんきだ。
車中少し雨が降り出したが降車する頃は雨具の必要はゼロ。なんと今度の旅も 晴れ男 と 晴れ女 が集ったものだ!。

車中より遠くに、エッフェル塔や凱旋門をみて 「パリに着いた!」と実感した。
ホテルに着くと和食弁当が配られる。今夜は部屋で夕食をとると聞いていたので、よく映画で見るベッドに運ばれ、食事をするようなシーンを想像していたのだが・・・・。
なるほどこう言う事だったのか・・・・・すこしがっかり!
レストランではアルコールがつきものだが今日はウーロン茶がついている。これでは余りにも興ざめだとwさんと夫と3人で連れ立ってスーパーにワインとビールを買出しに行く。さあこれで今夜も幸せな気分で眠りにつける!
明日はパリ見物と洒落込もう!!・・・・・
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by aakinishi | 2009-07-17 11:53

まるごとフランス大周遊 10日間 

6月24日   6日目  ロワール地方 ~ サンマロ ~ モン・サン・ミッシェル

フランス語はわからないが、お天気が気になり天気予報ぐらいは画面で想像がつくからと朝起きて先ずテレビをつけた。なんと、その画面の表に現れたのはマイケルジャクソンの急死のニュースだった。そういえば以前友人と京都を旅していたときは、ケネディー暗殺のニュースが流れたなあ・・・・旅先で知るこのくらいの有名人の死のニュースは自分には直接関係は無いものの矢張り一種のショックさへ感じたのだった。

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しかし心は・・・・・・・
いよいよ今日は此処へ来たいが為の旅であったモン・サン・ミッシェルへ・・・・と跳んでいる。

バスに揺られる事、約5時間。サンマロに到着、サンマロは、イギリス海峡に面したフランス北西部ブルターニュ地方の城壁に囲まれた港町である。
観光前にすぐ昼食となったが今日の昼食は帆立貝の殻にもりつけられたグラタン。流石、海に面したところだけに魚介をふんだんに使っていて美味しかった。
城壁内に入ると、石造りの建物が立ち並んでいて石畳の細い道が入り組んでいたため、目の悪い夫に終始つまずかないように気配りが必要であった。市内を約2時間近く散策をした後いよいよ午後よりモンサンミッシェルへ。
   
モン・サン・ミッシェルは世界遺産として登録された孤島に建てられた修道院で、写真を見る限りでも大変幻想的な建物である

車中よりモンサンミッシェルが見えてきたときは矢張り感動を覚えた。天気が良かったので、さらに美しく聳え立つようにくっきりと見えた。しかし島に近づいてしまうとあまりの全景を見渡せなくなってしまう。巨大で壮麗なるピラミッド状の修道院を見るのは遠くからが感動もの!!そう実感した。

現在は島と陸を結ぶ道路が整備され潮の満ち引きに関係なく訪れることができるようになったが、昔は「馬の駆け足」と呼ばれるほどの早さで潮が満ちていき満潮になると島への道が消えてしまい巡礼者の命を奪ってしまうほどであったと言われている。

バスを降りてラヴァンセ門をくぐり進むと、↓通路は狭いが沢山のみやげ物店、名物のオムレツのレストラン、そしてホテルなどが連なる参道が修道院までのび、数多くの観光客でにぎわっていた。歩いていると実に楽しい。そこの名物の「プラールおばさんのオムレツとビスケット」の店は大賑わいだった。

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今日のガイドは名をマーガリという背の高い一見若そうに見えるフランス人女性だった。目下日本語を勉強中だと言っていたが結構 流暢な日本語で説明をしてくれたが不足部分は添乗員が補って説明を加えてくれた。 
修道院までの石段を進む途中にはプラールおばさんのお墓が、きれいな花で飾られていた。

8世紀初期に大天使ミカエルを祀る小さな礼拝堂が建築されてから約900年以上の歳月を掛けロマネスクやゴシック様式の増改築が繰り返されて現在の姿となったとのこと。修道院のてっぺんには大天使ミカエルの像が黄金色を放っている。なんといっても島全体が大きな1つの建造物のように見えるのがすごい!
 
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夕食はこの地の名物 オムレツであったが、、空気を入れて膨らませてるせいか、最初はなんとも中途半端な味で塩味が足りないように感じ、スフレを食すように感じた。でも舌の上でスーッと解けてゆく感覚はなんとも言いがたい楽しい感触であった。

ライトアップされた島全体を眺めながら、レストランでシードル(ワイン)と名物オムレツを食しながらの一夜もこれまた幻想的で感動もの!!

今日飲んだ飲み物のシードルは(リンゴで作ったワイン)中途半端な甘みで、香、味わいも軽すぎて私の口にはあわなかった。これもメーカーによってずいぶん味が違うらしい。

くじ引きで決まった私たちの部屋はビュウといっても余りよいアングルではみられない部屋だったので、この景色に未練を残した夫と二人再びカメラを持って先ほどよく眺める事のできたレストランのベランダに出るべく頼み込んでしばしの時間を過ごした。

但し残念な事に此処で撮った写真は全て没。
最近撮る写真はなぜか色が出なかったり、ぼやけたり、ぶれたりと不都合が起きることしばしば。腕の悪いのを棚に上げるわけではないが、このカメラは もうそろそろ寿命かもしれない・・・・。
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by aakinishi | 2009-07-15 23:20

6月23日  5日目   リヨン ~ プールジュ ~ ロワール地方

d0053828_13591830.jpg今日のバスでの移動は約500kmと、よく走る。
7時10分ごろホテルを出発し5時間ほどかかり昼過ぎにプールジュに入る。

此処には世界遺産のプールジュ大聖堂がある。
1195年から1255年にかけて建設されたゴシック・スタイルのサン=テチエンヌ大聖堂であり、1992年に「ブールジュ大聖堂」の名で世界遺産に登録されたという。
この大聖堂は、ゴシック様式の美しい装飾と2つの塔を持つ教会で、創建後、増改築が重ねられてきたため、各時代の様式が入り混じった建築物となっている。内部のステンドグラスもとても大きく美しく一コマ一コマが物語となっていて見入るに値するものだと強烈な印象だった。これは単なる飾りではなく、文字の読み書きの出来ない人にキリスト教の事を絵で伝えるという役割も果たしたのだという。

今日のガイドはフランス女性のアニーさんという。年令は若くは無かったが品のよい顔立ちの美人で、しかも とてもきれいな日本語を話す好感の持てる方だった。だが私達日本人ではなくある国の観光客を「うるさい人たち」と忌み嫌っていた。
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美しい日本語を話すことに興味を注がれ「どこで日本語を学ばれたのですか?」と訪ねてみた。
すると彼女は3年ほど日本の語学学校でフランス語を教えていたときに日本語を覚えたのだ答えた。そしてNHKの教育テレビのフランス語番組にも出演していたとも言った。矢張りそういう方だったのかと納得できた。別れ際にご主人が車で迎えにこられていたが、この方もいかにもフランス人的な(これは私のフランス人への思いからの偏見かもしれないが・・・・)素敵な方だった。

その後ロワール地方に向かい、古城めぐり。シャンポール城とシュノンソー城を見学。
 
はじめに訪れたシャンポール城はかなり壮大な建物で、中に二重螺旋階段があり、すれ違わずに階段を上り下りする事ができる設計となっていてレオナルドダヴィンチが設計にかかわっていたそうである。しかし、この城の内部もご多分にもれずフランス革命の折に中の豪華な調度品や美術品などはほとんどが略奪や破壊に会い、中は本当に閑散としていた。

次ぎに訪れたシュノンソー城d0053828_13511684.jpg
優雅な形のこの城は、「6人の女たちの城」の異名がある。日本で言う大奥みたいな歴史が繰り広げられていた模様だ。
アンリ2世の寵愛を受けていたディアーヌ・ド・ポワティはこのシュノンソー城を贈られたが、アンリ2世の死後、正妻のカトリーヌ・ド・メディシスにここから追い出されたという話があった。
左右の庭園は広く整然と手入れがされており美しく佇んでいた。ここもこの二人の女性の名の縁があった。

今夜の宿泊先はロワール地方のトゥールという所。バスタブ無しのシャワーのみと言われていたので覚悟をして入室し、チェックをしてみたらなんと明るい瀟洒な部屋でバスタブもシャワーも使えるよい部屋だった。
夕食のサーモン料理は美味しかったが何せ量が多く申し訳なかったが残す結果となってしまった。 ご免なさい!
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by aakinishi | 2009-07-13 14:00

まるごとフランス大周遊 10日間

6月22日 4日目: アルル ~ ポン・デュ/ガール ~ アヴィニヨン ~ リヨン

昨夜宿泊したアルルのホテルを後にして60kmほどバスに揺られて世界遺産 ポン・デュ・ガールへ。 道中たくさん見かけたプラタナス並木、ひまわり畑が美しかった。

d0053828_18425563.jpgポン・デュ・ガールとはフランス南部・ガール県のガルドン川に架かる水道橋である。ユゼスからニームへ水を運ぶための水路の途中にあり、古代ローマ時代・紀元前19年頃に架けられたという。
三層構造の石造アーチ橋で高さ49メートル、長さは275メートル。上層になるほどアーチは小さくなり、安定感のある外観となっている。水路の全長は50km近くあるが、高低差は17メートルしかない。これは1kmあたり34cmの勾配で、ローマ帝国の土木技術が非常に高水準であったことが伺えると説明された。同様のローマ時代の水道橋をスペイン旅行のときにセゴビアでも見かけた。

次はそこからさらに25kmほど行って世界遺産のあるアヴィニヨンへ。

教皇宮殿、大司教座の建造物群、アヴィニョン橋はフランスにあるユネスコ世界遺産のひとつ。童謡『アヴィニョンの橋の上で』で知られるサン・ベネゼ橋は有名。橋の上で輪になって踊ろうと歌われているが、実際は、踊れるほど広くもないし、安全な橋ではないという説明があった。ローヌ川の度重なる氾濫により何度も橋が崩壊、その度に修復を強いられ財政を圧迫した。17世紀には遂に修復を断念、22あった橋脚のうち、現在残っているのは4つのみ。

この日、仲間の転倒事故あり。しかし大事に至らずほっとする。
付け足しとなるが今日のガイドは日本人で最近ご主人をなくされたことからやっと立ち直ったという。兎に角元気がよい。とてもはっきりはしているが何かせかされるようで私の気持は落ち着かなかった。

教皇宮殿は、かつてアヴィニョンに教皇庁がおかれていた時に建造された宮殿であ。フランス革命期の略奪によって内装は実に閑散として寂しいものであった。しかし現存するヨーロッパの中世ゴシック様式建築物のなかでは最大級を誇る重要なものという。

此処からリヨンへ・・・  230kmほどを時間にして3時間余り走る。
「美食の街」「絹の街」「金融の街」「ハイテクの街」などとパリに次ぐフランス第二の都市のリヨンはいろいろな呼び名を持つ。
旧市街には14世紀につくられた天文時計が名高いサン・ジャン大司教教会やローマの遺跡が残り、リヨンの街が一望にできるフルヴィエールの丘など見どころも多かった。
旧市街に有るサン・ジャン大司教教会までは細い石畳の道が入り組み、両替広場や役所広場などの地名が残る。建物の回廊や中庭を通る狭い抜け道が多く、レジスタンスの逃げ道として使われたとのこと。

フルヴィエールの丘の上の展望台からは街を一望することができ、旧市街からケーブルカーが出ている。丘の中腹にはローマ劇場、上にはフルヴィエール教会がある。
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フルヴィエール教会 は1872年にリヨン市民の寄付で建てられた教会。街のシンボル的存在で、モザイクや大理石が多く使われている。中央には青い天使の像、その西には金色に輝く聖母マリアの像が立っている。


フルヴィエールの丘のふもと、初期キリスト教の洗礼堂などいくつかの聖堂があった場所に12世紀建てられたサン・ジャン大司教教会がある。入口扉の上にある大きなステンドグラスが素晴らしかった。
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今日の昼食はプロバンス風料理のビーフの煮込み:柔らかい肉と余り濃くない味は感度「良」
夕食はリヨン風クネル(魚のすりみ料理):これもまた美味。
 この辺のお菓子はヌガーが名物だとのこと。

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by aakinishi | 2009-07-09 19:06

フランスまるごと10日間の旅

d0053828_19102155.jpg6月21日  3日目   カンヌ ~ エクス・アン・プロヴァンス ~ マルセイユ ~ アルル 


エクス・アン・プロヴァンスではセザンヌのアトリエ(跡)をおとずれる。
1884年以降にセザンヌはこの地で、この小高い場所から毎日毎日すがすがしい気持ちで周りの空気と景色に同化されながら何枚も何枚もキャンバスに絵筆を走らせてあの山の絵を描いていたのだと思うと絵をかく私もこのようなところにしばらくとどまりこの周りの景色を描けたらどんなにか素晴らしいかと感じた。
セザンヌも歩いただろう緑とピンクや薄紫の小花が美しく咲き乱れる自然いっぱいの小道を辿りながら次の訪問地であるマルセーユへ。

マルセーユの市内を観光する。日本人女性のガイドでロマネスク、ビザンチン様式のノートルダム・ド・ラ・ガルト寺院、かの有名なマルセーユの旧港を訪れる。港の界隈は出店が多く人もごった返していた。港は絵になる場所でもあった。スケッチする 間もないので周辺の景色を写真に収める。此処の1つの出店で可愛い容器入りの香り石鹸細工(バラの花)のお土産をこれはあの人とあの人に・・・などとおもいながら購入。
この地方のお土産には石鹸、砂糖菓子があると聞いた。特に小さな一粒が100円ほどするというカリソンとか、マカロンというものが有名とのこと。しかし添乗員曰く、知らない人にとっては価値が無いと・・・。それほど高価と言いたいらしかった。物は試しとこれまた購入。だんだんスーツケースの中身が増えてゆく。d0053828_2242389.jpg

マルセーユを後にして約90kmするとアルル地方となる。
アルルでは市内観光をした後 「ゴッホの跳ね橋」へ。これは私にとって魅力的で感動ものであった。たぶんこの辺で描いたと思われるところにどかっと腰を下ろし同じ角度から跳ね橋を眺め、しばしゴッホになりきろうとした自分を感じた。時間が有れば此処を描き「晶代の跳ね橋」を制作したいと本当に思ったのだった。写真を何枚も撮り此処も後ろ髪を引かれながら後にした。

その後世界遺産である円形闘技場を見物。その大きさに驚く。此処ではさぞ多くの残酷なシーンが有ったのだろうと複雑な気持で眺めた。

ゴッホが入院していたという病院を訪れる。ゴッホが入院していた部屋から描いた中庭の風景は管理が行き届き今もその当時と同じ風景のままだった。描きたくなる風景というものは同じなんだなあと感じるほど美しかった。ゴッホの描いた上から目線のこの絵は多分2階から眺めて描いたのだろう。
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この病院跡を出たすぐ目の前に売店がある。そこには添乗員が言っていたカリソン、ヌガー とその他の砂糖菓子、そして塩の花で有名な「カマルグの塩」がおいてあった。荷物になって・・と思ったのだが欲しいと思ったときに入手しないと買いそびれ後悔をすることが度々あるという経験上、「カリソン」と「カマルグの塩」を入手しておく。

旅にはみやげ物を買うという事が楽しみの一つである

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マルセーユで食した昼食の「ブイヤベース」はとても美味しかった!幸せ!
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by aakinishi | 2009-07-05 13:07

フランスまるごと10日間の旅

2009年6月19日~28日の10日間、初めてのフランス旅行に出かけた。d0053828_10102868.jpg
まず今回の旅で感じたこと・・・。 ツアーの楽しさは「添乗員」の良し悪しがもっとも大きな要因であることを実感した旅であった。

先ず結果的には最悪であったといってよい。 男性。年配者。独り言を言っているように声が通らない。気配りが少ない。聞こえなかった人が質問すると「さっき、言ったでしょ」とか「これで3回目ですよ」「えっ!何ですか?」という返答の始末である。聞いているだけで不愉快な思いがあった。

後半になって転んで怪我をした人がでた頃より少し面倒見は良くなったように感じられたが前半はほったらかしのようで私のように旅に出ると益々元気になり、マイペースで旅を楽しんでしまう人とは違う人にとってはついてゆくのに大変なくらいに酷かったように思う。

ツアー客のほとんどは定年をとっくに過ぎた方たちであった。きっと彼はそのような人たちに接する事が苦痛だったのかもしれない。

フランス語は堪能らしかったから地元の人とはフランス語で会話をしていたし、頼りにすればよかったのかもしれないが不愉快なおもいを避ける事を選択し、「フランス語が出来なくとも英語も通じるよ!」と寧ろこちらが開き直り、いろいろな交渉も自分たちでやっている人たちが日に日に増えて行ったように感じた。

フランス人は自分の国の言語に非常に誇りを持っていてフランス語しかしゃべらないと聞いていたがそんな事はない!ちゃんと対応してくれる。
挨拶であるお早う、今日はの「ボンジュール」、有難うの「メルシー ボーク」、
さようならの「オールヴォアール」だけ発声すればあちらはあちらでにっこりと「こんにちは」「ありがとう」「さよなら」と日本語で答えてくれる。これはいかに日本人観光客が多いかという証しでもあると感じた。しかしたったこれだけでも心が和み目と目のコンタクトだけで楽しかった。
いずれの世でも挨拶は大事なのである。

ゆえにいつもの旅行のように添乗員から得た知識はあまり印象には残らなかったが、一応自分なりの記憶をたどってみよう。

6月19日  1日目  東京成田 ~パリ ~ ニース ~ カンヌ

6月19日、成田を昼に発ち、12時間半ばかりの飛行の後、パリのシャルル・ ド・ ゴールで乗り換え1時間半くらいでニース着。 そこからは名を ギョームさん という運転手によりカンヌのホテルに・・・。この日は寝るだけ。明日からはパリまで北上の旅が続く。

6月20日  2日目  カンヌ ~ ニース ~ モナコ ~ エズ ~ カンヌ
カンヌよりニースへ
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ニース市内を観光。旧市街を歩き朝市に立ち寄る。この朝市は面白い。食べ物屋、花屋、雑貨屋,肉屋などありとあらゆる店が軒を連ね、買い物客でごった返していた。ドライトマトをオリーブ油につけた惣菜を試食してとても美味しかったので帰宅後、夫と二人の晩酌時に作ってみようと購入した。フランスでの初めての買い物である。
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次ぎのシャガール美術館は 狭い館内ではあったがあの独特な色彩と構成の大きな絵が10点ほど展示されていたがこれはガイドの説明がよくとても興味深く鑑賞できた。

次はモナコ観光。あの気品高く美しい女優のグレースケリーがこの地の王妃となり交通事故死をしたことは有名な話である。小さな、小さな国ではあるが本当の富豪しか住めないことが一目瞭然な美しい風景だった。此処で仔牛のローストの昼食を取る。

さらにバスは進み「エズ」の町へ。ヨーロッパ独特の石畳の路地を散策しながらゆったり気分を味わう。
次に香水工房へ。昔フランスの男性は口臭、脇臭、足臭があるほうが良いとされていたという。其れを嫌ったマリーアントワネットがよい匂いのする花の香りを良しとして香水ができたとのことである。工房の近くに行っただけでよい香りが漂ってきた。
香水というのはきれいなガラスや焼き物の瓶に入れられて売られているが、此処では良いものは金属製の容器にいろいろな香の香水が詰められていた。金属性の容器に入った香水は容量も減らず、香りも抜けないそうなのである。直径2cm、高さ4cmほどの筒状の容器に入ったものが一瓶 24ユーロもした。日本円に換算して3000円以上もするものだった。私は香りが好きだから自分へのお土産に1つ購入!

カンヌ映画祭の行われるシアターを訪れる。テレビでよく見るように通りからは20メートル程するころより階段がある。広い間口に辿り着くまでレッドカーペット敷かれそこを世界の映画界の有名人たちがドレスアップして歩いてゆく姿を想像しながら眺めてみた。
その近くにはロスアンゼルスと同じように有名人たちの手形とサインの入った石畳の一角がしつらえてあった。

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今日は昨夜と同じホテルに連泊。 連泊は荷物の整理などに急がずに済むので樂である。
この辺も夜が長い。夜9時過ぎてもまだ明るいため、時間の観念が薄れ夜更かしも平気になってしまう。日本においては晩酌、食事をした後 、8時半であろうが9時であろうが早々と床に入る夫がこのように夜更かしをして時差ぼけが起こらなければ良いがと懸念する。

3日目へつづく・・・・・
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by aakinishi | 2009-07-05 00:29