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外国人の応急手当普及員の誕生と初の普及活動

2009年10月23日 ついに全国で初めての外国人の応急手当普及員が誕生!

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この日、終了証が一人、一人に渡されたのを最初から携わってきたものとして出席した私は自分の子供達が卒業した時のように感無量となり胸に熱いものを感じたのだった。

(左の写真は「東京法令出版社ーPrehospital Care」に掲載されたもの)

まず第1段階は3時間の普通救命講習。第2段階は一日中午前9時~午後5時までの上級救命講習。
第3段階は連続3日間午前9時~午後5時までみっちりの講習。

3段階の講習を受けて初めて普及活動のできる資格が取得できるのだが、此処にいたるまでに足掛け3年の月日を経てやっと外国人7名の普及員が2009年10月23日に誕生!
 
考えれば長い道のりを良くぞ根気よく歩んできたものだ。

通常なら「応急手当普及員講習」は 午前9時より5時までを連日3日間受講しなければならない。これは一般人にとって大変なことである。外国人だけの受講の実現はほど遠いものと思われた。。d0053828_1519982.jpg
救う神ありとは正にこういうことであろう。
幸運なことにこれを是非実現したいという話への強力な助け人が存在したのである。それが船橋市中央消防署、署長 秋本氏の特別な取り計らいであった。
3週間にわたって同じ曜日の3日間を設定をし受講できるようにして下さったのである。

2009年10月9日、16日、23日の金曜日を設定。そして決行。

この講習への参加希望者は当初8名であったが2日目に家族が新型インフルエンザにかかってしまいやむなく途中で1名キャンセルとなり、結局は7名が無事講習を終了した
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これもひとえに中央消防署長の秋本さんのご理解とご協力、そして普及員になろうと決意した受講者の熱意と、この件に熱意を持って最初から推進してくださった国際交流協会の元副会長の中川さんの長い間に培ってきた消防局との信頼関係が大きな力となったことは言うまでもない。

そして また手前味噌ではあるが私の信念(やって良い事と思えることをやる。必要なことと思えることをやる。楽しくやれると思えることをやる。)が功を奏したことも付記したい。

でもこの後が大切である。次のアクションを起こさなければ何の進展もない。

そして2010年3月12日 これまた初めて外国人普及員による外国人のための「普通救命講習会」を実施!

d0053828_16551934.jpgとにかく珍しいことだったらしく、各主要新聞を含め、テレビ、ラジオ、関連雑誌などに取り上げられた。今までこの件に携わってきた私や元協会の副会長中川氏もあまり意識はしていなかったのであるが、全国で初めて外国人普及員の誕生、そして今日の講習会も勿論 全国で初めてのことだそうで、今まで多くのマスコミ取材をうけたことを振り返り、私たちは何か変わったことをやったのだと改めて思った次第である。

たまたまこの件で大変お世話になった署長がこの三月で退任との話を聞き、是非恩返しの意味も含め、これからがまた大変な作業となるだろうと予測しながらも外国人のための外国人普及員による初めての普及活動の成果を見ていただこうという話が持ち上がった。

d0053828_15102956.jpgまず、外国人受講者を集めるために日本語、英語、中国語の3カ国語でのチラシをつくり日本語教室の先生たちに呼びかけの協力をお願いし、個人的に私との信頼関係でつながっている方たちに呼びかけをお願いし、外国人の集まる場所に自分で出向きチラシを配って受講者を募った。


d0053828_15485693.jpgいろいろな点で考え、受講者は15人ぐらいを定員にすることがベストだとしたのだが、最初は集まるかどうかの不安だらけが膨らんでいた。
ところが蓋を開けてみたら受講者はまもなく定員に満ちていた。これで一つの難関をクリアー!。

次は初めて人を指導する立場の外国人普及員を安心しながら講師として対応していただく手立てを考えた。まず復習のために救急課で行う普通救命講習を見学させていただき当日の講師としてのノウハウを体得してもらうこととする。

まず一番の要になるパワーポイントを使いながら説明をする人を決める。次に受講者の言葉の問題を考え、対応できるよう普及員と受講者のグループ分けを考えた。

次に当日の午前中にリハーサルを実行。一応万全(????)を期したつもり。

開催の3日前までに受講者一人一人に参加確認の電話をした。
それにも拘らず16名の応募があったうちの当日は4名がドタキャン。これも外国人にはよくありがちと開き直る。

しかしこれが功と転じちょうど良い人数配分となり、12名をそれぞれ言語別に(中国語、英語、英語と日本語)4名ずつ3グループに分けそれぞれ普及員もその言語別に貼り付けを行った。そしてパワーポイントを使っての説明者 韓国人金さんの絶妙なる説明でちょうど時間内にすべての講習が終了したのだった。大成功!!.これらは場数を踏まないと上手には指導できない・・・そう思い込んでいたのだがこの日の3時間は本当に両者がよく頑張った。終わってみれば「うまくいったー!」とほっとしたのだった。

d0053828_16571641.jpg外国人普及員は通訳者としてのみではなく、初めて普及員としての活動に徹したわけだが、講習会に応募してきた外国人に対し、しっかりと普及の講師として頑張った。ほめてあげたい!

こんな上から目線での言葉が出るのは恐れ多いのだが お互いを信頼し合って、最初からずっと一緒に彼らとともに此処までくることができてよかった! という安堵感からくる母親の心境に自分がなってしまっているからに違いない。

今後はこの普及員たちがもっともっと場数を踏んで さらに確かな普及活動ができることを期待したいと思っている.

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講習会終了後、参加者、スタッフ全員で記念写真を撮る。
ちなみに受講者の国籍は中国、ブラジル、韓国、台湾、フィリピン、ウクライナ と様々であった。




私は今後も彼らの母親か姉のような存在を保ちたい・・・・・・・・。
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by aakinishi | 2010-03-17 15:25

初めてのぎっくり腰 ?

一週間ほど前、夫との買い物帰りの出来事。

車の窓を通してであるが100メートルほど前方に何か黒い物体がうごめいているのが見えた。 最初は犬が2匹でじゃれあっているのかと思っていたが近づいてみれば倒れた車椅子から起きあがろうと必死にもがいている男性の姿だった。

すぐに車を片側に寄せて助けるつもりで車を降りた。
なんとその男性は太っている上に下半身が不随。まずその男性を夫と二人で起すことにした。

様子からすると、買い物帰りらしい。ところがである。
その男性は車椅子と、自分の体と、重さを均等にしてバランスをとるかのように左右に買い物袋を紐で一緒に縛り付けてあったので私と夫の力では動かせるはずもないことが判明。

縛り付けてあった紐をまず解き、車椅子と 人間と 買い物袋とを分離させた。

あとでわかったがその買い物袋には10KGのお米やキャベツなどの重量のある野菜類、その他の食材や家庭用品がぎっしりと詰められていた。
それらを車椅子から取り外したときに下げた感触では裕に30KGはあったと感じた。きっと体が不自由なので買い貯めをしているのだろう。

このような時普通は男のほうが力があるので夫にその男性を抱きかかえてほしかったのだが・・・・夫は何回もぎっくり腰を経験して大変な目にあっているので、夫には車椅子をしっかり動かないように支えるよう伝え、少し介護のことを学んだことのある私は自信を持って彼を助けようと「おじさん、私の首に腕を回してしっかりつかまって!」と言いながら腰に力を入れて 地に両足を投げ出した男性を抱きかかえるようにして車椅子に戻すことを試みた。

その瞬間、腰にぎくっとした衝撃を感じたのである。「あっしまった!」と思った時は既に遅し。あまりの痛さでアスファルトの地面に横たわってしまった。。
それを見た夫は「僕がやる!」と言い出した。
腰痛もちで辛そうな姿を何回も眼の当たりにしているので思わず「やめて!」と叫んでしまった。

幸い、私も歩けないほどではなく、直後に動くことができたので、歩きながら大声で近所に助けを求めて呼びかけた。しかし時間の間が悪かったのか誰も出てくる気配がない。

仕方なく、次の策としてちょうど通りかかったトラックを止め、その運転手に事情を話し、さらに少し先の工事現場の人を呼んできて助けを求めた。
逞しい男性二人掛かりで両脇を抱えこみ、私は不随の両足を持ち、夫が動かないように支えている車椅子にやっとの思いで戻したのだった。

その男性は「ありがとう、こんなことは初めてです。ありがとう」と何回も繰り返しお礼を言っていたが、どうも隣の自治会に住む男性のようだった。30KGほどある荷物を私たちが届けてあげることを告げると車椅子を巧みに運転して私たちを先導してくれ荷物を無事届けたのだった。

あれから数日が過ぎているが私の軽いぎっくり腰の痛さは残っている。かがむと痛い。咳をしても響く。夜 寝なかの寝帰りの打ち方でも痛む。

私は今まで体は小さいけれど体力には自信があったのに・・・すっかり自分の弱さを実感した。

そしてなにより、学びがあった。いつもひどいぎっくり腰に見舞われる夫がどんなにか痛かっただろうかと他人の痛さを知り、また 不随の両足がぺたっと地面についた人の体の重さというものはベッドから車椅子に移動させる重さとは全く異なり何倍もの付加があることを身にしみて感じたのである。迂闊であったこの行為を反省し、この体験を通して次に同じようなことが起こったときの対策を講じられそうだと変な確信を持った。

ぎっくり腰の大先輩の夫は言った。「10日間位じっとしていれば自然に治るよ」と。
そんな! 10日間もじっとなんてとてもしていられない私ってことを知っているのに・・・。
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by aakinishi | 2010-03-15 00:54