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"東北関東大震災” 3月18日 記

「生きている限り 夢見る力がある限り きっと人には何かが残る!」
メモをとることの好きな私のノートの一隅にあった言葉。

近近、この言葉から感じることの独り言を言ってみようかなと考えていたところ。
しかし ぜんぜん違う観点から独り言を言ってみたくなった。

3月11日、午後2時46分 東北関東大震災と名づけられた大地震とともに東北地方の海岸線を襲った大津波があった。  (後で 東日本大震災と呼称が変わったので追記しておく)

その日私は書類つくりのためパソコンに向かっていた。
地震だと思った瞬間、ガクン!と音を立て、座っている椅子がガタガタとゆれ始めた。

なぜか地震には冷静でいられる私もこの日の揺れには「おっ!違うな。いよいよ来たかな」
(近いうちに絶対にあると言われている大地震のこと)と感じ、長い揺れの中をおもむろに2階から1階に降りている間にも大揺れが続いていたため玄関の鍵を開け、10歩も歩けば・・・というほどの広い空間のある場所に出た。近所の方たちもそこに集まり恐怖におののいていた。20mほど離れた家の屋根瓦が左右にばらばらと崩れ落ちた。
その後も大きな余震が3回ほどあってこれ以上の揺れが来ないことを願っていた。

外出中の夫と携帯電話でお互いの安否を確認しあったのだが何回かけても繋がらずじまいであった。
後で聞いたところ、夫も何回も私に連絡を試みたがだめだったとのことだった。

余震が収まった頃、家に入ってみると玄関の木彫りの人形と、リヴィングルームの写真たてが2つほど下に落ちているだけにとどまっていたが市域によってはドアーが半壊、本棚の本がばらばら落ちたり、食器戸棚が落ち食器がほとんど割れたり・・・などと言う被害もあったと言うことを後で聞いた。

それにしてもテレビやラジオの放送から知った現地の様子は惨憺たるものである。
津波の恐ろしさは想像を絶するものであり、避難者の生の映像を見るたびにおのずと涙を禁じえない自分がいる。

私たちに何が出来るのか? 何かあれば助けになりたい!! 一助になりたい!!
夫が私に提案してきた。 「今してあげられるのは先ず義援金だと思うよ。気の毒で気の毒で・・・・ママ、僕はxxx円したいと思っているけどママはどうする?」と。
私は即「そうしましょう。私もあなたと同じにします」と賛成した。昨日(3月17日)二人そろって郵便局に振込みに行ってきた。 
 
年金暮らしの二人だから大きなことは出来ないけれど、「ちりも積もれば山となる」で、少しは役に立てていただけるであろうことを願いながら・・・・。

飲む水がない。 1日にペットボトル1本分の水しか与えられない情況。
寒い中、凍える小さな手に200ccくらいの容器を手にし、「水を下さい」と差し出す幼児の姿に胸がつまる。

食べるものがない。 1日におにぎり1個の配給。勿論おかずはない。 さぞかしお腹が空くだろう。

寒い地方なのに暖をとる術もない。 電気も通じない暗いところに寄り沿いあう人々。

家も何もかもを津波で失い、 着のみ 着のままで助かった人々。

行方不明の家族を案じつつも先ず生きなければならない人々。

それでも、そんな境遇にも耐えている多くの人々。


察すればあまりあるものがある。
出来るものなら我が家の水を持っていってあげたい! 我が家の食事を届けてあげたい!  
そんな心境に駆られる。 

戦争時代の色々な苦労を思い出した。  
私たち日本人は今までさまざまな苦難を乗り越えてきた。 謙虚で逞しい日本人!。
頑張れば何とかなる!

この機に及んでは 心ある世界中の人達の助けにとっぷり甘えさせていただけばよい。
人々の厚意にとっぷりつかってほしい! そう思うのは私だけでではないだろう。

避難している人達はまず希望を失わず生きてほしい。

生きている限り、夢見る力がある限り、(希望がある限り) きっと人には何かが残るはずだから・・・・。

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by aakinishi | 2011-03-23 12:00