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4日目: エフェソスへ

昨夜宿泊したエイドレミットを早朝に出発して今日はエフェソスへ。
ギリシャ人が大規模な都市を作った場所。古代の世界七不思議のひとつであるアルテミス神殿がここにある。

現在遺跡として残っているのは、小アジアの典型的なローマ遺跡。元々港町として発達したのだが、土砂の堆積により内陸に追いやられ、それが都市の衰退を招いたという。


ローマ時代も小アジアの中心都市だっただけあり、エーゲ海沿岸で最大級の遺跡が残っている。入口から街路に沿って歩くと、神殿、図書館、劇場と、古代ローマ都市をそのままたどっていくことができる。娼館や共同トイレの跡も、見どころの一つ。特にその劇場と図書館の立派さで知られているという説明に心わくわく。

どうでも良いのに途中トルコ石店に案内される。トルコ石もピンからキリと色々であったが矢張り高価なものほど粒が大きく少し変わった色模様がある。見ればほしくなり結局 娘と自分用に小さな小さなペンダントを土産にする。

着後 トルコ料理のチョップシシの昼食。小さい肉が串刺しにされている物で味はあまり濃くなく強い印象としてはのこらなかった。

昼食後いよいよエフェソス観光。

エフェソス遺跡とアルテミス神殿跡を見る。
 
ローマのポンペイの遺跡は、住宅、商店、ハマム等の建物がよく残っていて、庶民の生活が手に取 るように分かるのだが、町が小さかったこともあって、大きな公的建物が少ない。ここエフェソスの立派な建物には圧倒されてしまう。野外劇場、図書館、体育場のほか、売春宿や公衆トイレ、公衆浴場の跡なども見られ、当時の繁栄ぶりがよく伺える。
 

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大劇場  
大劇場は保存状態も良く、音響効果もすごい!ケナンさんに 拍手を促されて両手を合わせてみたらあの広い会場全体に鳴り響いた。24000人収容できるとのこと。これにもびっくり!  
公衆浴場の跡もありここには脱衣室や大広間もあったという。 その後の 時代では、体育館として使用されていた。

エフェソスのバジリカ(聖堂)跡アウグストゥス時代の建物。今でいう裁判所のような働きをしていた。このバジリカの右手がアゴア(広場、  市場)で、左手がオデオン(音楽堂)。 この近くには  政府機関の建物が多い。

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クレテス通り

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ヘラクレスの門からセルシウス(ケルスス)図書館までのなだらかな石畳のメインストリート。両側には円柱や、彫像が載っていて台座が並び、丘の上の高級 住宅街、モザイクの歩道、神殿や公衆トイレから売春宿まであり、当時の人々の活気ある生活が目に浮かんでくる。
このクレテス通りから図書館方面の眺めは素晴らしい!
野外劇場からセルシウス図書館へと続く大理石通り。売春宿の看板石がこの通りに残っている。

d0053828_23133941.jpg図書館
ローマ時代、アレキサンドリア、ベルガモンと共に3大図書館の1つに数えられたセルシウス図書館。約12万冊もの蔵書を誇ったという。
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右の写真は
公衆トイレ
水洗式で穴の下に水が流れていた。この時代に?と改めて恐れ入る境地であった。

歩く途中には公衆浴場の跡もありここには脱衣室や大広間もあったという。

d0053828_1539134.jpgそして尚 皇帝ハドリアヌスに捧げられた神殿のアーチや壁の至る所に、神話の登場人物が刻まれている。
トルコってすごいところだと改めて感じた。
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アルテミス神殿跡
紀元前550年頃、120年もの歳月をかけて建てられたアルテミス神殿。アテネのパルテノン神殿を上回る規模で、高さ19mの白大理石の円柱127本というその壮大さから、当時、世界七不思議の1つに数えられた。放火による消失、その後、再建もされるが、ローマ帝国やゴート人など数々の侵略にあい、破壊されてしまった。現在はその跡地に、復元された柱が1本建っているのみ。

ケナンさんの素晴らしく詳しい説明により無知であった歴史にたいして昂奮するほど興味をそそられた。。

ホテルへ向かう途中 革製品店に案内される。ここで革製品のファッションショーを見せられた。同行の若い女性陣の一人がモデルになって若いイケ面の男の子と腕を組んで登場。 革ジャンもよく似合っていて、とても可愛かったという印象だった。 温暖化のせいか最近 革製品を着る機会もなくそのうえ興味ももないため
ウィンドウショッピングにとどまった。

この日はバムッカレに宿泊。宿泊先のホテルでベリーダンスショーをみる。
d0053828_15535363.jpgd0053828_1554169.jpg身体をくねくね動かしたり腰をすごいスピードで振ったり御色気たっぷりのダンスであるl。でも見るだけにおさまらなかった。
前のテーブルに座った何人かの人をダンサーが舞台に誘い一緒に踊らされた。私もご多分にもれず舞台に引っ張って行かれた。
様になっている人、盆踊り様になっている人、様々な人の踊りぶりにに皆目を見張ったり声を出して笑い転げたり・・・・楽しいひと時だった。 ワインを飲んだことも手伝い参加した私のダンスはこんな具合だった。
旅の恥のかけすて・・・・・とはこんなことかな?

夕食はホテル内で・・・・ここであたらしいワイン「カムカイ」という白ワインを飲んでみる。私にはすこしあまくて好みではなかったが物は試しである。

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by aakinishi | 2012-07-25 13:55

3日目: トロイへ

途中ダーダネルス海峡をフェリーで渡った。心地良い風を受けながら・・・・・。
着後 1998年文化遺産として登録 された世界遺産のトロイの古代遺跡観光をする。 d0053828_15325.jpg


トロイの古代遺跡は、トルコ(アジア側)の北西端にある古代ギリシャの伝説で有名な都市遺跡。 
トロイアは長い間伝説上の都市とされてきたが、ドイツの実業家ハインリッヒ・シュリーマンは実在を信じ、1870年に自費で発掘を開始。ヒッサルリクとよばれる丘から古代都市の城壁や財宝を発見。
ヒッサルリクの丘には、9層の遺跡が重なっていて1番下の第1市は初期の集落で小石と粘土でできた城壁があり、紀元前3000年ごろと推定されている。
第9市は紀元前100~500年ごろでローマ支配下の都市遺跡となる。d0053828_153145.jpg


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シュリーマンは5層の遺跡を発見した。
トロイの古代遺跡を発掘したシュリーマンは、実は発掘の専門家ではなく、彼の目的は財宝にあった。
そのため、発掘とは程遠い掘り方で作業を進めたため、遺跡は考古学的価値が失われるほどの損傷を受けてしまった。d0053828_1533636.jpg
また、シュリーマンはオスマン帝国政府との協定を無視し、勝手に出土品を国外に持ち出したり私蔵するなどしたため、多くの出土品がトルコから失われる結果となった。このため、トルコ国内でのシュリーマンは発掘者というより「遺跡荒らしの盗掘者」という認識が持たれているがシュリーマンの発掘が有ったからこそ考古学上による功績は大きい。
 
ケナンさんの説明を聞きながらちょっと寄り道・・・・・何とも言えない深い赤色の可憐なアマポーラ(ポピー)がそこかしこに咲いていた。日本にも最近道端にも繁殖しているが色の深さがちがう。以前イタリアに行った時もこの花が満開だったことを思い出した。

トロイの木馬の前でケナンさんと写真に納まる。 
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by aakinishi | 2012-07-24 15:18

トルコ旅行2日目

2日目: イスタンブルイスタンブルの歴史地域観光
イスタンブルの歴史地区は、4世紀以来東ローマ帝国の帝都名コンスタンティノープルが、15世紀からはオスマン帝国の帝都イスタンブル(現在のイスタンブル)の旧市街地区に設定されているとのこと。
この町はアジア州のアナトリア半島とヨーロッパ州のバルカン半島を隔てるボスポラス海峡のヨーロッパ側にある半島に位置し、海峡を抜けて北に出れば黒海、南に抜ければエーゲ海に至る海上交通の要衝でもあると説明を受けた。
訪れたところは・・・・・・
*トプカブ宮殿(ハレムを除く宝物殿)d0053828_10103481.jpg

15世紀から19世紀までオスマン帝国の君主が居住した宮殿。旧ビュザンティオン市のアクロポリスがあった旧市街の半島の先端の丘に位置する。かつては宮殿を取り囲む城壁の傍らにアヤソフィア・モスクがあり、この地区で帝国の政治と公的行事が執り行われていた。数百年にわたって増築を繰り返された宮殿建築が残る。4つの庭園とブルーモスクが印象に残る。

*エジプシャンバザール、グランドバザール(縦に横に枝葉のように広がるあまりにも沢山の店に圧倒される)

この日トルコのお酒「ラク」を飲む。舌にくっとくるきつさは日本の泡盛に似ているがそれよりやや甘くおいしいお酒で癖になりそうである。
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by aakinishi | 2012-07-24 10:12

振り返り トルコ旅行記

帰国後 もうしばらく経ってしまい記憶もそろそろ薄れかけてきてしまったが例により日程表の中に私にしか分からないびっしり文字の羅列してあるメモを紐解きながらカメラに残してきた写真を横に置きながら 記憶をたどってみた。
目下 個展を控え、とても忙しい日々故 少しずつ整理してみる。

5月17日(木) 成田発21:20発 今話題のエティハド航空にて アブダビへ
所要時間:12時間15分
晴れ女のわたし・・・・・今回も出発当日から天気に恵まれた。

1日目
アブダビから航空機を乗り換え5時間近いフライトでイスタンブルへ。
私達は確かイスタンブールと覚えたが 現地の人はイスタンブルと言っている。

イスタンブル到着  時計は午後の1時20分。
直ちにバスに乗り込み歴史地域の観光となる。ガイドはトルコとギリシャのハーフというケナンさん。 「毛、男」と書いてケナンと覚えてほしいという。 差ほど毛深い人でもなかったが・・・・・(笑)

トルコは自給自足の国。緑の多い国。歴史の古い国。通貨はトルコリラ。公用語はトルコ語。首都はアンカラ。最大の都市はイスタンブル。

トルコの国土は、ヒッタイト、、古代ギリシャ帝国、イスラムなどさまざまな文明が栄えた地であり、色々な文化の混交がトルコ文化の基となっている。これらの人々が残した数多くの文化遺産、遺跡、歴史的建築が残っており、世界遺産に登録されたものも9件もあるという。

とにかくガイドのケナンさんの再度世界史を学びたくなるほど、そしてなお旧約聖書からの引用も多く これまた旧約聖書を読んでみたくなるほどの説明の詳しさに驚愕する。
もちろんすべて流暢な活舌のよい日本語で説明、かつ日本人より語彙が豊富ではないかと思えるほどの日本語で自分の学んだ事のすべてを私達に語ろうとする。こんなガイドは何か国か旅した中では初めての人であった。
聞いてみれば20年ほど前学生のころに日本政府の招請で日本に訪れたことが有りそのころより日本と日本語にいっそうの興味を持ち独学で日本語の勉強を続けたという。すばらしい!!と感激ものだった。

いつもの旅行記ではメモしてきた記録に従って一つ一つを整理したが今回の旅はあまりにも詳しすぎるほどの歴史の説明に記録が追いつかないほどであった。 

ゆえに訪れたところの写真と簡単なメモに留め今回は頭に残った記憶を思い返しながら歴史を自分なりに紐解く勉強をしたいと思っている。

それにしても先ずは訪れたところを此処に記録しておこう。
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by aakinishi | 2012-07-23 21:04