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2013年という年

今日は2013年12月30日
一応普段より丁寧な掃除を終了し、その後の少しの時間を書の筆をもつ事にあてた。
心が落ち着いた。 そして 今 2013年を振りかえる時間に充てている。

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思い返してみると今年の全般はやはり夫の病気に向き合ったこと。
特に2012年の10月後半より2013年の6月までは私なりのがむしゃらな情報集めと夫の治癒への祈りの毎日であった。少しでも知識を豊富にして夫の病気を少しでも軽減させたかった。たくさんの情報の中からどれが一番合っているのかどうかわからないままではあったが自分の感を信じ自分なりの判断で夫の免疫力を高める為のことを色々試みてきた。

幸にも夫の前向きな姿勢とともに私なりの付き合い方で目下の夫の病状は安定している。嬉しいことである。
此処まで来たのだから少しでも元気を保っていてほしい。

そして このような状況の中、少しでも楽しいことを二人で共有して過ごしたいと思い今年は九州一周温泉巡り、アメリカに住む娘家族を訪れ10日間余りを過ごし、夏には沖縄に住む中学1年生になった孫娘が1週間滞在し、その間を有意義に楽しく過ごし、また日ごろ親しくしている友人たちとの交流等々結構充実した日々が目白押しだったように感じる。

夫が元気でいる年の後半であるこの間、私は再び以前と同じパターン(書、画に打ち込んだり様々なボランティア活動に携わったりの日々)の生活に戻っている。幸せなことである。

明日大晦日の夜は二人で「一年間お疲れ様!」の乾杯をして 年越しそばを食べ、テレビの娯楽番組を見て、除夜の鐘の音を聴いて 2013年と「さよなら」をしよう。

明後日の朝はいつもより少し寝ざめの時間を遅らせて温かい床の中で新しい年2014年の元旦の朝を迎えることになろう。

新しい年は喜びに満ちた年となるよう希望を託したい……。
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by aakinishi | 2013-12-30 15:17 | Trackback | Comments(0)

青天の霹靂のその後

青天の霹靂がおこった2012年の10月初旬より私の今までの生活は一変した。
でも「これが人生」と割り切れば 慣れるものである。
自分の自由がなくなっても決して不平不満はおこらない。

何かに集中することは、たとえ自分に課すそのものが何ゆえであろうとも自然に頭からつま先までが反応し 成せるものである。懸命になるものである。

それでも元気印の私が元気を失ったように見えるのか それを察知した周囲の人があれやこれやと心配してくれる。
有難くもあり嬉しいことでもある。そんな親切な行為に反することの無いように自分を律し決して後ろを振り向かず、常に前向きに事に対処しなければ・…と思う日々でもある。

先日もX’mas Partyと称して集まってくれた人々に囲まれて元気を頂いた。各国の美味しいお料理と楽しいおしゃべりと・・・幸せな時間だった。
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夫はシスプラチンとアリムタという2種併用の抗がん剤治療の入退院を6回クリアーしたのち、次はアリムタ一種の抗ガン剤点滴治療を3週間おきに通院で既に8回行った。
血液検査の結果の心配要素である白血球はそれほどの減少も無く標準値のうちに収まり、ただしびれと難聴が増したこと以外の副作用は起こっていない。
これは一重に細身の彼の体に似合わぬ強い姿勢と、落ち込まず、前向きで、小さなことに拘らない大局的に物事をとらえる私の性格と、毎日摂取している健康食品の賜物ではないかと考えている。
夫の免疫力が続く限り抗がん剤治療は続けられるわけであるが、7月以降は彼の癌は大きくも小さくもなっていない・・・・ということはという疑問が有って私はある日、担当医に質問をぶつけた。答えは唯そっけなく」「好いことです」ということだった。更に聞きたかったが止めておいた。医者も人間だからくどくど聴いてご機嫌を損ねることにもなりかねないことだし今はインターネットという優れた代物が全てに答えを出してくれるので後でひそかに調べればよいと思ったからだ。

目下 夫の癌細胞は休眠中なのである。だからこれ以上にがん細胞が悪さをしないように衣食住すべてに心をくださなければならないのだ。現在の夫はどこも悪くない人のように見える。普通に寝起きし、普通に食し、長時間だと疲れるらしいが散歩もし、時々は好きなダンスにも出かけている。QOLは病気発覚前と少しも変わっていない。こんな夫の姿に接していると、この状態が長く続いてくれれば良いと思う次第でもある。

それでも夫自身が決意した事が有る。其れは「終活」の一環として先ず外に向かい年賀状を出すことを2014年を持って止める決意をしたことだった。

実のところ 何となく寂しい気もして少し躊躇したものの私も彼に便乗して止めることにした。実際 理由を何百枚も書くことは疲れたが一人一人にコメントをして会う機会を大切にしたいと記し、理解を求めた。
新しい年は 平穏であってほしいと心より望むところである。

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by aakinishi | 2013-12-25 17:09 | Trackback | Comments(0)

これって性格の不一致?

何かの組織の中にいると色々な人と交わるわけだから色々な人に巡り合える。
良いにつけ悪いに付け実に面白い。しかしかくいう自分自身はどう観察されているのかと思うとまた実に面白い。私はどちらかというと曖昧はいやな方である
だから何か発言するときは自分の中での答えは一つである。かといって他人の答えを否定はしない。じっくり耳を傾けて他人のほうが答えが良いと思った時はさっとシャッポを脱いでその人の答えに賛同する。前のことにこだわらない性格である。

最近感じた曖昧な性格と思う人・・・やめる、やめるといって何年も同じ立場にとどまっている人。こういう人は必ずといってよいほど影でぐちゅぐちゅ愚痴を言う類いの人である。優柔不断なのである。

そうかといえば厭だ 厭だと言いながらしっかりとした反論も発言もせず結局は引き受ける人もいる。本心はやっても良いと思っていることなのだと思う。これはきっと要領のよい人ということだろう。私から言わせれば狡猾というものである。

そしてまた 人の話に「そうですねー」「はいそうしましょう」「それが良いですね」と相槌ばかりで決して自ら実のある発言をしないで通る人もいる。これも要領のよさというものだ。

この類いの人には少し腹が立ってくる。お膳立ての出来上がったところに乗っかることは至極優しいことである。もっと真剣に取り組んでよ!と言いたい。
こんなところにも私自身との性格の不一致?とも言える状態が存在するのである。

誰も発言しなければ会の進行は進まない。結局 感じたこと、考え付いたことを言える人がしゃべることになる。其れは自分でも気つくのであるが当に私自身でもある。多分私が自分自身をを分析していることより異なる見方の分析をしているに違いない と 感じながらも矢張り口を開かねばならない会合などが多く、本当にがっかりの連続でもある。

こんなことが何時まで続き、そして何時まで続けさせられるのだろうか!

後輩たちよ もっと自信をもって!!
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by aakinishi | 2013-12-25 17:05 | Trackback | Comments(0)