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度量の大きい(広い)ということは

ふっと考えた。度量が大きい(広い)とはどういうことなのか?

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人間は常にだれかと接触している。そして多くの人と接触すれば、常に差が生じ、時には相手を助けたり、 又は傷つけたりして生活している。

幸い、現在 私が心の中で尊敬の心を持ちながら接している周囲の人は皆度量が大きいと感じている人達なので心地良く過すことができているというのが本当のところでもある。

なぜならば、勿論のこと 各個人における知的レベルもさまざまであるが「3人寄れば、文殊の知恵」という言葉が有るとおり、何かをするとき、自分の思考を硬化させないで相手の意見・考えを自分の意見・考えの中に素直に取り込むことができ、自分の考えの向上を図れる人がほとんどだからである。

だからこそ何事もなかったようにベストの状態で落ち着くところに落ち着くのである。

人間それぞれは多様である。これを全ての前提として良いと思ったことは素直に認めなければ、その人間は進歩しないと考える。過ぎた卑下や、 過ぎた謙遜も不要である。しかし、ある程度の自信は持つべきである。


このようなことを考えると結局度量が大きいということは常に中庸の心を持つことなのかもしれない。

たとえば少数意見だとしても 何故そのような考えがうまれたのか?どうしてそうなったのか?と思いを馳せ、そこに寛容の精神を働かせることのできる人間は度量の広い人なのだろう。

そしてまた、世間の噂や中傷にも心動かされず正しい事を貫き通す事のできる人も度量の大きい人と言えなくもないだろうか。

故に半面 少数意見に耳を傾けられない人、嫉妬心を露わにする人、すぐすねたり いじけてしまう人の類は「 度量が狭い 」と言えるのではないか?と自分なりに考えをまとめたのだった。

そして、己は 常に度量の大きい人でありたい・・・・とつい最近考えさせられたひと時があった。











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by aakinishi | 2014-01-23 13:44

2014年 1月2日

d0053828_22185413.jpg私達は毎年1月2日に近くの氏神さんとその近くのもう一つの神社へ初もうですると決め込んでいる。
もう少し若かったころは少し足を伸ばして東京の明治神宮や市内の大神宮や二宮神社を訪れていたのだが、あの混みようには閉口し、いつの間にか近場の氏神様をお参りするようになった。


正月の神社はきれいに清められいつもはひっそりとしたたたずまいであるが、何となく華やいでいた。2礼、2拍手 Ⅰ礼(祈り)を二人並んでするのが習わしとなった
今年は祈りが二人とも長かったように感じた。お互い何を祈ったかは聞かなかったが大体察しはつく。多分同じことを祈ったと推察する。

今年も元気で過せますように・・・・・・。

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by aakinishi | 2014-01-04 22:23

2014年元旦

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明けましておめでとうございます!!

2014年一月元旦 新しい年の朝をすがすがしい気持ちで迎えました。
毎年そうであるがいつもよりゆっくりした行動パターンの1月1日という日。

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好きなものだけセレクトして卓上に上がる我が家のおせちは年々種類が少なくなる。
今朝は沖縄の焼き物の徳利と杯で朝から乾杯!
その後にお雑煮を食す。今年から自分たちの年を考えてテレビから流れた注意事項をさっそく実行することにしてお雑煮のお餅を小さくきって汁に入れることにした。これがまたとても食べやすく、ちょっぴりあった抵抗感が薄れたのだった(笑)。

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今年もたくさんの年賀状が届く。パソコンという便利なものが無かったころ300枚ほどの年賀状を昔は私が一枚一枚筆を走らせたものだった。現在ではパソコンでの年賀状作りは毎年夫の役目。

しかし今年の我が家の年賀状にはいわくが有る。というのは 病 治療中の夫が己の終活の一環として2014年の出状を最後にして来年からは年始のご挨拶状を失礼することとしたからだ。

私は夫の決意に反対はしなかった。唯 私の頭を悩ませたのはこの際私もいっそのこと夫のこの行為に便乗しようかどうかということだった。一年に一度のこと、遠くの人の近況が分からなくなること、などなどを考えて一抹の寂しさを覚えたからだ。
暫く迷った。

だが結局色々生じるであろう先のことを考えて私も今年限りで年賀状の出状をやめる決心をした。200枚以上の年賀状一枚一枚にコメントを書くことは大変だったが全てを書き終えたとき、何か心の中がすっきりした感じすらしたのは不思議な感情であった。

来年からは会えること、そしてその時間を大切にしたいと思う。

年賀状の交換がなくなっても電話もあり、メールもありの時代である。これらを駆使して一年に一度の年賀状より以上の本当の付き合いが出来そうな気がする。



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by aakinishi | 2014-01-03 23:46