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初の試み・・・コーディネーター総出演で「3・11を忘れない!」 

d0053828_8503279.jpg2015年2月18日 飯山満公民館において今年度最後の寿大学が開催されました。
1昨年度末 公民館とコーディネーターが集まって決めた事業計画の中に「3・11」の時期に合わせ何かこの未曽有の大震災を語り継ぐような事が出来ないかと思い取りあえず私が提案したものが事業として取り上げられることになりました。以前ある朗読の会がこのような事を行うと聞いて渡りに船とそこにお願いしようと心に決めていたところ、それがかなわないことが解り、暫く途方にくれました。でも寿大学の受講生の皆さんには既に事業として行うと発表してしまっているため「やるしかない!」ということになりました。
相談の結果 たまたま私が持っていた被災者の証言などをまとめた小冊子「」小さな街を飲み込んだ巨大津波―語り継ぐ・証言、 声なき声に寄り添う、鎮魂・復興へ」という3冊を使うことにして自分たちでやろうよ ! ということになりました。早速時間のある人たちに内容把握のために回し読みをして頂きました。
しかし朗読の素人が1時間30分を朗読だけで消化するのは至難の業と心得、時間配分を色々考えて以下のようにきめました。

1.映像を見て振り返る     2.プロによる「体験者の声」の朗読 
3.コーディネーターによる輪読    4.参加者全員による群読 
5,休憩 6, 復興ソングの「花は咲く」を全員で合唱 (これは司会進行をお願した青池さんからの素晴らしいご助言です。しかもコーディネーターの松下さんがピアノ伴奏を引き受けて下さいました)
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プログラムの全容がはっきりしてきたところで 次は当時の様子を振り返ることができる映像探しです。色々な方に声かけをしてを最終的に公民館担当者のお口添えで市の危機管理課で本当に適したVTRが見つかりました。次は長文をうまく読み伝えて下さる朗読のプロを探しました。これもまたすぐ近くにいたのです! 順調でした。次は輪読の内容の吟味です。結局は私が候補を抜粋することになりました。
実を言えば忙しい日々の中いくら小冊子とは言え3冊を念入りに読み返していくつかの候補を抜粋するのは楽ではありませんでしたし、内容が内容だけに読むたびに涙を禁じえず毎夜泣きながら読みました。ストップウヲッチで時間を計りながら選択した数々の候補の中から皆で相談して8人がそれぞれ読むところを決めました器機の担当を全面的に公民館の鞠子さんに、朗読には小林さんにも加わっていただきました群読のリーダー1人も決ったという過程で是が万事うまくいったら嬉しいなと思えるようになりました。皆でそろって練習する時間は一度もなく当日を迎え、ぶっつけのリハーサルをいたしました。d0053828_10484571.jpg此処でまたAさんより最後に皆でステージに上がり「ソレアード」という曲をバックにして出演者の紹介をしようという提案が有りました。何人かは恥ずかしがっておりましたが意を決し舞台に上がり皆横並びになって手をつなぎ舞台下の皆さんに一度上にあげた手を下におろすと同時に深々と頭を下げお礼のご挨拶をいたしました。
下の写真は輪読のメンバーです。 
左から笹川、松下、中村、小林、松田、西口、荻原、木塚、宮崎(敬称略)

d0053828_10492057.jpg苦労が水の泡に終わらないでよかったー。皆良くやりました。成功ですよね!そして楽しかったですね!館とコーディネーター皆の心が益々強く繋がったように感じた心地よい1日でした。

d0053828_1049437.jpg教訓として残り、役立つことを念じつつ寿大の全員で群読した南三陸語り部の言葉3つを紹介します。

1つ  
逃げる勇気を持つ事、先ず自分の身を守ること

2つ  
生きるという強い気持ちを持つ事

3つ  
決してあきらめない事
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by aakinishi | 2015-02-20 13:16

南三陸2度目の視察旅行

海外女性セミナーの有志で2度目の東日本大震災を受けた南三陸を訪れる機会があった。
其の時の記事を会長あてに届けることをうっかり、すっかり忘れていた私。
今季役員のkさんより促され、今朝早速メールに原稿を添付して送った。
記録のためマイブログに残すことにする。


2度目の南三陸を訪れて           2014年10月15日    

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今年2014年10月8~9日の2日間
「船橋市海外女性セミナー友の会」のメンバーで2度目の3・11に地震と津波の
被害にあった南三陸を視察する機会をもちました。

宿泊先 「ホテル観洋」の女将 阿部憲子さんとの再会もかないました。
そして南三陸町に対して私達の微々たるながら されど 精一杯の気持ちの寄付も
お渡しすることもできました。








当地は3年半を経た今でもあの日の爪痕は残っていて、がれきの山が未だに点在していました。
流された家の跡地は土台のコンクリートの隙間から身の丈ほどにも伸びた雑草が茂り、
公的な施設の学校の建設、病院の建設などは少しずつ復興している兆しをこの目で確認は出来ましたがあの未曽有の大地震と津波の壮絶さを埋めるには本当に多くの時が必要であることも実感できたのでした。

前回 訪れた鉄骨だけになった「防災対策庁舎」はそのまま残されていましたが2年前の千羽鶴や亡くなった子供たちへのためであろう沢山のぬいぐるみや手創りの物が所狭しと供えられていた風景は以前と変わり、何となく寂しく、一抹の切なさを感じました。
 

その瞬間 思いました。

被災地にとってこの大災害は終わった出来事ではない、だからこそ
被災していない私達が忘れてはならないのだと。

3・11を風化させてはならない !
被災地の早い復興を祈りながら 語り継ぐべきだ ! と心から思ったのでした。

恐怖と混乱を経験した語り部の3つの言葉を教訓として・・・・・。

一つ、 逃げる勇気を持つこと。(先ず自分の身を守ること)
二つ  生きるという強い気持ちを持つこと。
三つ、 決してあきらめないこと




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by aakinishi | 2015-02-19 13:12