私の ファッション おしゃれ談義

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「貴方おしゃれね」と言われて悪い気のする人は少ないだろう。
そう言われるのはそう言った人のオシャレに対する感覚と一致しているからに違いない。

私は普段は柄物は少なくシンプルな色彩を選び全体の調和を考慮しながらバランス良くまとめて着こなそうと努めている。

アクセサリーもじゃらじゃら付けない。できれば「知性的」に表現したいと思う派である。

簡単に言ってしまえば「シック派」と言えよう。



一方、個性的に独特の自己表現をする人もいる。 
ありったけのアクセサリーを胸元に飾り、それでも足りないのか 鼻にも 耳にも 足首にもと・・・・。

自分の感性をアピールしたい人が、自己表現のためにするもので私個人的な言い回しで簡単に言ってしまえば「ハデ派」と言えよう。


このように大別すれば違いはあるように思われるがどちらもファッションが好きで、オシャレな人という事には間違いないと言える。

私のオシャレ感覚とは他人に認めてもらうことできるオシャレで、偏見の目で見られることが無いことが不可欠だと思う。

初対面でも相手から関心と好印象を持たれることは相手の信用をも得られるものと感じる。

しかし、突飛もないと思われるファッションを好む人も中身がとても素敵で純粋な人もいることも確かである。
其れは付き合ってみないとわからない。ファッションの如く性格もマイペースの人もいる。

まあ兎に角 人 皆それぞれの感覚で全てを決めているのだからファッションにおいても全くそのとおりで有るが、私個人は今後も人から好印象をもたれるオシャレをしたいものと思う次第である。


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# by aakinishi | 2015-10-12 14:07 | Trackback | Comments(0)

お月見 と バス研修

9月28日

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十五夜は昨晩だったが生憎、月をみることが出来なかった。今夜の月が「まんまる」スーパームーンと聞いていた。改めて空をみる。真っ暗な空の中に月だけが白く浮かんでいた。幻想的であった。月見団子こそ作りはしなかったが昨日、散歩の帰りに獲ってきたススキとあり合わせではあったが果物とお菓子を供えてほんのすこしの癒しの時間を楽しんだ。


10月1日

飯山満公民館の飯山満女性セミナーで
上総の歴史「袖ヶ浦市郷土博物館」

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童謡の故郷「證誠寺」アカデミーパーク内の 「DNA研究所」を生涯学習コーディネーたーとして会員の皆様のお伴をしてきた。「袖ヶ浦市郷土博物館」ではその充実した資料などと館員の説明によりこの周辺の歴史が良くわかった。
[證誠寺」

昔は森に囲まれていたそうであるが現在はビルや民家に囲まれた奥の方に静かなたたずまいを見せていた。これはこれでとても雰囲気が良かった。特にそこかしこにおかれたタヌキの置物は笑みをさそうほど可愛かった。

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「DNA研究所」


21世紀の科学技術の素晴らしさをまのあたりにしていろいろかんがえさせられた。今日のセミナーは私にとっては参加して良かったと感じられるものであった。


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# by aakinishi | 2015-10-03 17:06 | Trackback | Comments(0)

友の急逝     2015年9月

d0053828_13511387.jpg素晴らしい友、 ブラジルに住む同期生が急死した。

私の高校時代の同期生の長坂勝氏が5月20日講演先の呉市で亡くなったというしらせがあった。

大学を卒業してすぐブラジルに渡り壮絶な生活と戦い抜き向こうで成功した同期生。


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その体験談は聞くものすべての心を打った。

春季と秋季の2回にわたり来日して①植林による自然再生活動と関連事業(オーナー制植林と循環型植林)②アマゾンの現状紹介と自然の大切さを訴える草の根活動(草の根講演活動)③地球の将来を背負う青少年の野生児育成(自然学校と心身の開拓村開設)の活動をしていた。

「地球の肺」といわれるブラジルの森林から出る酸素を維持し続けたいの一心で自分の農地を提供し「植林運動」を続けていたのである」。


2度の講演のための来日で植林ツアーを募り「参加をした人個人の木」を植林し、彼の持つ牧場やレストランで豪勢なおもてなしをしてくれた。

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植樹後3年を経た夫の木


ついでに日本の裏側の多分2度と行けないだろうと思われるブラジルの観光に奥様とともに随行してくれた。

大学やロータリークラブ、ライオンズクラブ、小、中、高校、とその集まりの大小にかかわらずその弃様じい体験を語り広め、講演をして回る彼は日本に来るとゆっくりとする暇もないほど各地で講演して回り多くの人々に感銘を与えていたのである。

8月27日より29日にかけ北陸新幹線で富山へ行く機会が有った。

長坂勝氏とのアマゾンへ植樹をしたメンバーの交流会。
当初は幹事の皆さまと下見までした彼も同行するはずの旅だったのに、それが「偲ぶ会」となってしまった旅である・・・。
広島で講演するために出かけ呉の知人宅で急逝。元気そうだった彼の急逝は突然で驚がく的な事で信じられなかった。まだ涙も出ないままの私。

彼の姿のない交流会は寂しいものであったが、生前の彼を偲ぶ思い出深い素晴らしい雰囲気の中で終了した。
「偲ぶ会」と共にその後の楽しかった交流会もあった。これもひとえに私達にこのような機会を与えてくれたのは長坂氏の仁徳であろう。ありがとう!!とお礼を言いたい。

今後 彼の意志は三男が受け継ぎ継続してゆくという.

そして近々彼にまつわるHPも始められるという。d0053828_14274090.jpg

2012年
1月に
私が植樹したあの木はもう相当成長しているだろうな-



私の木 ⇒

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# by aakinishi | 2015-09-02 13:55 | Trackback | Comments(0)

芸能界でのあいさつ

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私は今、アンデルセンプロジェクトの立体朗読劇に参加して練習に励んでいる。
初めのころは午後からの稽古が多かったので 仲間と会えば「こんにちは」とあいさつを交わしていた。
ある日、指導して下さるプロの方から「これからはお会いした時は(おはようございます)と言いましょう]と言われた。まさにこれは業界用語というものなのだろう。
最初は少し照れも手伝い小声でしか言えなかった。

早速何故芸能界ではこのようなあいさつをするのだろうかとネットで調べてみた。
以下はネットより。

諸説あるようですが、由来は歌舞伎らしいです。
歌舞伎役者は化粧とかに準備が掛かるので、かなり早めに演場に入場されるそうで、
「お早い入場でございますね」という慣わしが段々省略されて
「おはようございます」に変わり、芸能関係の挨拶になったということです。
「おはよう」という言葉は元々が関西が起源らしく、明治維新に伴って、
京都の歌舞伎役者が遷都に伴い上京し根付いたという説もありますから、
もしそうだとすれば、ここ100年前後でしょうか。
芸能界では時間が不規則なので、とりあえずその日に初めて会った人には、「おはようございます」という挨拶を使うようになったという説が有力のようですね。

自然発生的なものではないでしょうか?
他の理由としては、”ございます”と付けられるのは「おはよう~」だけです。
目上の人に挨拶する時等に、他の挨拶が使い難いという事もあるようです。

この理由が解ってからはプロジェクトの皆様には昼でも夜でも普通の声で「おはようございます」と言えるようになった成長した(?)私がいる(笑)

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# by aakinishi | 2015-08-16 14:23 | Trackback | Comments(0)

2015年ある日の出来事

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Wさんの「皆が言ってるよ」が又始まりました。

先日女子会で彼女の話が出た折、この件が話題になったばかりです。

出た!今日も私の前で言いました。

それほどWさんのこの発言は有名ってことなのです。
決して悪い人ではないのです。むしろ色々と社会的に有意義なことをたくさんしていらっしゃる人なのです。

私は思いました。多分、この発言は自身が思っていることを責任転嫁して他人のせいにしているのだと……。

そう思えば何ということはない。
「あーそ~。良いんじゃない。言わせておいて…。別に悪いことしているわけでもないし・・…。」と言い返してみた。

少し間が有ったが何を思ったか
「あなたは強いね・・・・。」で終わった。(笑)

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# by aakinishi | 2015-08-06 15:52 | Trackback | Comments(0)

現実の自分

d0053828_15213041.jpg私の周囲には当人について気がついたことを話すと、すぐ理窟を言いたがり、反論したがる人がいる。普段、「何か気がついたら言ってね」といっているのにですよ!

自分自身に対する忠告や箴言を親切と思う人間は少ないだろうし、もしそれを素直に受けることのできる人は身についている品性すなわち仁徳と言えるのではないか。忠言を言われた場合自己防衛が働き反発反論したくなるのは当然かもしれない。だったら「何か気がついたら言ってね」などと言わなければ良いのに・・・と腹立たしくもなる。

言う側も勇気を要する為に言葉や文章(手紙など)がきつくなる事もある。
聞いた側はその話の中に自分自身が成長するための栄養素を含むと思えば良いのではないだろうか。
相手を憎むのではなく、相手の話や文章から栄養をとる勇気をもてばよいのではないだろうか。

どんな人間も完璧ではない、だからこそお互いに成長し合うことが大事なのではないだろうか。
言われたり書かれたりすれば誰しも気分は良くないだろう。
此処で人の差がつくのは素直に自分を改める心のある人とそうでない人であろう。
素直に感謝する心を持つことの出来る人・・先ず素直になることが大切ではなかろうか。

d0053828_16555998.jpgとかく聞いてすぐ反論したり理窟を言う人は自分に自信のない人に多い。
そして悪循環ではあるがそういう人はストレスをためやすい。

何時かネットで「ストレスに強い人の考え方の特徴」という記事を見た。
文章は以下のとおりである。

「ストレスに強い人の考え方の特徴」

1.「まあ いいか」と受け流す 
2.マイペースを保てる
3.人生は思い通りにはならないと思う
4.タイミングが悪かったと考える(自分を含めて誰のせいにもしない)
5.相手の事情も想像できる
6.何事も経験と思う
7.周囲に頼れる
8.現実逃避が上手

これを見て私はすぐさま自身をチェックしてみた。結果は何とこの8項目 全てが私だったのである。(笑)
何事も開きなおりマイペースの生き方をしているだけなのかもしれないのだが・・・・・。
人からの中傷や誹謗が有ったとしても「蛙の面に何とか・・・…」で、私は私しかいない!と思えば「うん、うん なるほど」で済む話なのである。大体のことをこのように処理しているからくよくよしない。

しかし、その後、以前とは少し違う面があらわれると自覚することが有るので、きっと素直に良いと思った事を自然に自分の中に取り入れているのかもしれない。

故に、私は自分をストレスに強い人と判断している。

そして自分を省みるとさらに「正直者」であると思う。嘘を一回つくとずっと嘘でかためて行かなければならないという。面倒なことが苦手な私は常に正直である。お世辞も言わない。悪いは悪い!良いは良い!1たす1は2なのである。だから(派)を作ろうとはしない。同じ類の人は必ずいるから孤独ではない。

Aが自分と同じ意見の時はAに同意し、常に親しく付き合っている人でも自分の考えと違う時は、はっきりと意思を示す。だから私の性格は把握しやすいと思う。
そういう私を嫌いな人は私に近づかなければ良い!そうでない人はきっと末永く私と付き合うことだろうと楽観している。

こんな私にも嫌いな人はいる。
面と向かって言うのなら素直にもなれるというものだが陰で中傷、誹謗で 無かったこともさもあったかのように尾ひれをつけて吹聴する輩は大嫌いである。そういう人に限って「皆が言っていたよ」と他人のせいにするのである。そいう人が存在するのである。私に限らず他の人も閉口しているのが事実だから ・・・アー困ったものだ!!

まとめ: 私は常に 明るく、元気で、正直で、素直で しかも冷静な判断力を持ち合わせた 賢い人でありたい。

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# by aakinishi | 2015-07-09 16:53 | Trackback | Comments(0)

何が言いたいの? かったるくなる話の仕方

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話をしている相手に対して一体あなた何が言いたいの? と思うことが度々ある。

そう思うのは私がせっかちだからなのか? それとも相手が話下手なのか?
特に女性同士の話の中でのことである。

自分と何が違うのかを問うてみた。
私は大体が結論を先に話し、そのあとに説明を加えて話す事が多い。抽象的な言葉は使わないで、はっきり言い切る口調が、分かりやすいだろうと思い 敢えて回りくどい話をしない。 こんな私の話し方は情緒的ではないと思う人もいるだろうが、私が何を言いたかったか?説明内容を覚えていなくても結論を記憶してくれるだろうと思うゆえんである。

勿論相手の話は最後まではしっかり聞いてはいるが、話が長すぎると相手の話がいつ結論を言って終わるのか?聞き手の私をいらいらさせ、飽き飽きさせる。だんだん疲れてきて、話の途中で、「わかったわかった!」と聞くのをやめてしまいたくなることもあるというのが本音である。しかし実際にはそうしないのは私の我慢強さかな?

美辞麗句が長いのもどうも面倒である。回りくどい褒め言葉が長ければ長いほど本当にそう思っているのかしら?とさへ感じてしまう。
自分を卑下しすぎる会話も本当はその裏返しのことを聴き手から発言してほしいのではないか?とさへ思ったりする。

簡潔明瞭な言葉で十分理解できるのに・・・・・・・・。

長くなる話は大切なことから話し始めればよい。足りなければ、後から付け加えればいい。要点を強調する話し方も大切である。長い説明の時にはキ-ポイントを数で整理し、その数を先に言っておいて説明を加えて話せばよい。例えば「3点についてお話します。一点目ーーー―ー二点目――――という具合に・・・・・・。

これらはすべて他人の話し方から学び、得とくした事であるが
要は話をするときは結論から話をすると、説明が分かりやすくなるのではないかということである。

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# by aakinishi | 2015-05-30 14:05 | Trackback | Comments(0)

3猿(見猿、言わ猿、聞か猿)

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過日テレビを見ていて日光東照宮の見ざる言わざる聞かざる」の「三猿」両目、両口、両耳をおおった三匹の猿の話に接した。そして各国にも同様の言葉が有ることもわかった。それによると 「見るな聞くな言うな」の順で、並ぶ猿の位置が異なるのだそうだ。まあ順序などはどうでもよいのだが。
私も御多分にもれず幼いころ親からこの言葉は賢い人間のやることだと聞かされた。簡単に言うのならよけいなことを見たり聞いたり言ったりしないでいるのが無難だということだった。だから子供心に自分にとって都合の悪いことは見ない猿、聞かない猿、言わない猿のようであれば事は安らかに過ぎるという風に解釈したのだが・・・・・。
大人になって日光を訪れる機会が増えると此の三猿にまつわることを探りたくなった。
その結果解ったこと。 

「見ざる、聞かざる、言わざる」によく似た表現は古来世界各地にあり、同様の像も古くから存在する。しかしそれぞれの文化によって意味するところは微妙に異なり、またその起源は未だ十分に解明されていず、今後の研究と調査に委ねるところが大きいとのこと。
三猿は世界的にも"Three wise monkeys"として知られ、英語では"see no evil, hear no evil, speak no evil."という
漢語の「不見、不聞、不言」を訳したものが天台宗の教えとして伝わったとする説があること。『論語』に「非礼勿視、非礼勿聴、非礼勿言、 非礼勿動」(礼にあらざれば視るなかれ、礼にあらざれば聴くなかれ、礼にあらざれば言うなかれ、礼にあらざればおこなうなかれ)という一節があること
私は 論語の「礼節にそむくことに注目してはいけません、礼節にそむくことに耳を傾けてはいけません、礼節にそむくことを言ってはいけません、礼節にそむくことを行なってはいけません」という意味が自然に感じ取られるように思う。
このように確かにうなずけるのではあるが時代の移り変わりもあり、見ざる言わざる聞かざるの反対も又必要ではないかと思う。周りをよく見て、よく耳を傾け、自分の主張は曖昧模糊ではなくはっきり言う。今の世の中、これもまた必要であると感じ入るのである。でも あの3猿を「見て、聞いて、言って」の像に変えたら と想像したら一人でにやにやと・・・・あぶない私になっていた。
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# by aakinishi | 2015-03-30 15:09 | Trackback | Comments(0)

國際理解セミナー「世界の国からこんにちは」 ~ヴェトナム講演会~

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私の属している國際理解セミナー委員会は「世界の国からこんにちは」のキャッチフレーズで年2回紹介国を変えて船橋市と船橋市国際交流協会の共催で色々な国の大使を御招きして展開している。今回で7か国目である。
2015年3月5日木曜日 (18:30~20:30)  、今回はヴェトナム編をキララホールで開催した。
講師には駐日ヴェトナム社会主義共和国特命全権大使ドァン・スァン・フン閣下。
参加者は 遅れてきた何人かは席がなくそのまま引き返された方もいたほどで満席という盛況ぶりであった。
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在日ベトナム学生のスピーチ、民族楽器演奏のあとメインイベントのヴェトナム大使による講演があり興味深いヴェトナムの色々を お話しして下さった。講師のドァン・スァン・フン閣下はお顔の表情にそのお人柄の良さがあり、常に和やかな笑みを浮かべてお話をなさいました。

私は今回受付係と花束贈呈の担当でした。普段はラフな格好で参加していたのだが今回は大使と面と向き合う花束贈呈ということで敬意を表してスーツを着用した。しかもいつものパンツスタイルではない! 何となく太い足を出すことに躊躇はしたが何年振りかのスカート姿。

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今回はヴェトナム人の若者、特に留学生が多く参加して下さり、受付まで担当してくださった。感謝!
是が長く交流の輪に広がってくれればよいがと思いながら彼らとの接触の一時でもあった。
講演が終了後 今回初めてのことであったが講演国の参加者一同 講師の閣下を囲んで記念写真を撮った。是は大使と接する機会などないであろう若者にとって とてもよい機会であるし、経験でもあると感じた。 何よりも学生たちの嬉々とした顔が印象的であった。


会場の片付け終了後 珍しくスタッフ一同で軽食を取りながら諸々の楽しい話に花を咲かせた。
その節 私が毎回感じていた事を皆の前で口にした。 
私たちスタッフはいつも事前、事後を忙しく立ち回るのみで講師との直接の顔合わせもなく三々五々帰宅するが余りにもさびしいことである。スタッフも講師とともに記念撮影ぐらいはあってもよいのではないかということ。d0053828_1102332.jpg
結果として、皆同じ思いであったらしい。同感!の声が上がった。
そこで私が委員長に検討していただくよう話すことを約して解散した。

押し並べて今日の雰囲気はとても和やかな良い印象として記憶できた。

準備には時間と労力が必要不可欠ではあるが次はどこの国の話を聴けるかしらと楽しみである。

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# by aakinishi | 2015-03-09 10:51 | Trackback | Comments(0)

今日の出来事(2015/3/4 )

今日 有る会合に出席した。前回は都合が悪く欠席だったのだがその間に色々もめごとが有ったらしい。
両側から聞きもれてくる話は私からしたら別にややこしくもなく、何の問題もなく解決できるような事柄であると感じられるのであるが・・・。
「ところ変われば品変わる」と言うが物事は担当者が代われば当然と言うほどやり方も変わってくる。多分その辺から不満が出ているのではないかと推察する。今までとやり方が異なったために起きた些細な問題が有ったようだ。
私は何もかも前例に従い全く同じでなくてもよいと思う。其れを許すというより認める寛容さが必要ではないかと思う。
聞けば なるほどと思い当たることも有った。細かいことながら双方共の言い分はある。しかし物事はどこかで折り合わねばいつまでたっても平行線のままである。双方の言い分を聴いて両方のことを理解して私なりにその解決法を説いた。
かいつまんで言うならば 過ぎたことは取り返しは付かない。不満が有るかもしれないがお互い自分の主張だけではなく信頼することが大切。これを踏まえて次にやるときの良策を考えればよいのでは・・・・と。最終的に納得してくれたらしい。先ずは一件落着となった。
ある人が言った「西口さんが出席だと安心します」と。
色々言っていた人は無言のまま。皆良い子ぶりっ子である。
解決に近くなったときにようやく口を開いて「そうですね。其れでよいですね」ときた。
一番楽なやり方である。
まあ、西口に任せればよいと思っていたのかもしれない。賢いな~(?)
黙っていることは日本人の美徳? でも話さなければ解らないということがたくさんある。
私は自分の考えを自分なりにまとめてはっきり発言するように常に努めているつもりであるし今後もそうすると心に決めている。反対意見が多数なら自分の意見は不味かったのだとすんなり認めてそちらに従えば全てまとまると信じているから。
あくまでも自分の方が正しいなんて思わないから。

今日の些細な出来事だった。
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# by aakinishi | 2015-03-05 13:48 | Trackback | Comments(0)