旅の記録   その8 完結編

d0053828_2216165.jpg6月23日(月)

最後に立ちよった2か所は20年以上前に、夫とロマンティック街道を旅したころのことを彷彿と思い出させる場所だった。
先ずザルツブルグ。1年間だけ大学からの派遣留学生としてザルツブルグで学んでいた娘との再会を果たしたこと、ドイツ語を学びたいために一般の家庭にホームステイをしていたがそのホームステイ先のご家族から旅の途中にディナーのご招待を受け一緒に楽しいひと時を過ごした という良い思い出の地である。

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右の写真は「ザブルグの町並みを一望」 の看板

以下の写真はザルツブルグとミュンヘンのあちこち。民族衣装の店、花屋さん、くだものやさん、などなど・・・・d0053828_22172169.jpg

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d0053828_22164855.jpg私達が訪れた時はたモーツアルトの生家の部屋の中に入って見学したのだが今回は前を唯 通りすぎて眺め、その先にある映画「サウンド オブ ミュウジック」での舞台となったミラベル庭園へ行く。ミラベル庭園は今日も美しい花々で埋め尽くされ きれいに手入れがされていた。この美しさにまたもや心が躍ったのだった。そしてトラップ一家がドレミの歌を歌いながら降りて行った石の階段で外国人の若い女性の一団体と会う。

左下の写真「ザルツブルグ城」を背にする、元お嬢さんたち3人
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「ドレミの歌」のハーモニーは素晴らしかった。
             後にその団体の一人が私に訪ねた。「あなたは歌手ですか?」私はびっくり!!!!思わず大声で「いいえ、歌手ではないですよ!」 その彼女は「ほんとうに?」と言いながら 首をかしげたと思うや否やわたしをハグしたのだった
お互い別れの挨拶をしてそこを離れたのだったが又此処でも外国の人との交流を楽しむ事が出来、良い思い出となっ
 た。

 メンフィスベルグの丘に登り心行く  
 までザルツブルグの町並みを一望  
 をたのしみ
この街に別れを告げた。





昼食後 最後の観光地 ドイツのミュンヘンへ。

中年だが美しい女性の日本人ガイドのノリコさんに案内され街の中を歩く。

マロニエの樹の下で大きなビールジョッキを持ってゆったりとした時間を過ごしている人たちを横目で眺め  ながら足早に街中を案内され追従してゆく私達。本当はもっとゆっくりしたかったのだが…。
これは悔やまれる。

しかし 此処で又懐かしい場所に
再会する事が出来た事ですぐ喜びに変わった。
其れはホフブロイハウス!

以前訪れてすごく楽しかった思い出の深い場所である。人種や年齢、性別をも忘れ全ての人たちとビールで乾杯をし、腕を組み、大声で歌い、手を取り合ってフォークダンスに興じ・・・・・そんなことが つい昨日のことのように蘇り懐かしさでいっぱいになったのだった。
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夕食はミックスサラダとローストビーフ、デザートは甘くて大きなケーキ。
これまでの食事もまあまあ良かったし、朝食以外はその都度 地ビールやワインを堪能し
楽しんだ上で、今回の旅は終了する。


後は空港へ向かいミュンヘンからドバイへ・・・
ドバイから航空機を乗り継ぎ帰国の途へ就く。無事羽田着。

通関後自由解散となる。当初 羽田着が23時の予定でその後通関としたら時間的に考えると家に帰る手段がない。もしだめなら空港で仮眠をして早朝帰宅しようと予定していた…のだがラッキーなことに羽田には30分ほど早く着きどうにか最終のバスに乗り込む事が出来たのだった。

晴れ女3人。お天気にも恵まれ、よく笑い、誰かさんの荷物の重量があまりにも重いので皆が心配し、はらはらどきどきもあったが、何事もなく無事帰国でき、とにもかくにも楽しかった旅には違いなかった。

二人の仲間よ 楽しい旅を ありがとう!!
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# by aakinishi | 2014-07-19 22:19 | Trackback | Comments(0)

旅の記録   その7

今日はハプニングがあった。
ザグレブ(クロアチア)からリュブリャーナ(スロベニア)に向かう日である。
国境で通関、検問検査が有る。先ずバスの運転手もバスに乗っている全ての人が
パスポートを持って通関をする。人間だけならずバスも中、外、全てをくまなく点検される。

私たちより先に検査をされた外国人が 沢山の大きな荷物のうちのいくつかを没収されていた。何が入っていたのだろうと少し興味心をくすぐられた。

私達は勿論 何も異法はしていないから難なくバスに戻りいざ出発かと思いきや、なかなか出発しない。検査人がバスの外を行ったり来たり・・・さっき点検したところを再び点検。それでも検査人もバスの運転のイバンさんも一向に落ち着かずウロウロ状態!業を煮やした添乗員が事情を聴きに外に出た。このような時はあまり挑発的な事は出来ないからみな静かにしているしかない。バスに戻った添乗員の話によると、運転手のライセンスが検査人の手元にないことが原因らしい。運転手は確かに渡したが戻ってこないという。押し問答である。 この事情を添乗員が私たちに説明をする時に「声が大きい!」と注意された。

延々と時間が過ぎる。もう一時間がすぎたというのにまだ?
此処でそのライセンスが見つからない場合は運転手を他の人と交換しなければならないという。イバンさんは会社にも事情を説明する電話をしていた。少しあきらめムードだったに違いない。しかしその時である。3レーンある内の隣の検査官が何かを差し出した。その人がイバンさんのライセンスを持っていたのだった。その様子で一件落着と解りバスの中でどよめきと同時に拍手が起こった。イバンさんもほっとした顔でバスに戻った.バスの立ち往生。通関にかかった時間は1時間15分、わたしたちのバスに追従する他の観光バスもこの時間を共有するしかなかった。気の毒に・・・。

この一件で私が疑問と憤懣を感じたこと。自分たちのミスで時間がこんなにかかったのに一向に謝る態度を示さなかったこと。お役人てそんなに偉いの!?自分のミスはミスとしてどうして認めようとしないの?
バスが出発して暫くはこの感情は続いたのだったが まあ、めったにできない経験として、また旅の思い出として・・・と割り切るしかなかった。

昼食後リュブリャーナ観光である。この町は範囲がかなり小さいが 落ち着いたところで、何故か何となく印象深い。d0053828_13482457.jpgd0053828_1350556.jpg

バスを降りて少しするとプレシェーレン広場という広場に着く。広場の真中にはモニュメントが建っていて、リュブリャナ城も眺められた。

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また広場からは教会がみえる。 橋から斜め後ろを振り返ると、Namaというスロベニアを代表する百貨店がある。此処で早速買い物をした人もいた。

d0053828_13514973.jpgリュブリャニツァ川が流れリュブリャナ市で最も有名な橋である三本橋が架かっている、d0053828_13512691.jpgそこから店が多い川沿いに歩く。街の中を暫く歩くとシンボルの竜が欄干にいる竜の橋があった。 d0053828_1352365.jpg


街中には四角い見慣れないは子がある。何かとガイドさんに尋ねたらこれは観光客が心地よく街を歩けるようにとつくられたゴミ箱だとのこだった。写真に収めたのがこの四角い箱。
橋には細いロープに鍵が沢山かけてある。これは「恋人の橋」と言われ恋人同士が愛の証に鍵をかけるのだという。この辺りはショッピングするための最高な場所で、ゆっくり散歩するのは楽しい。此処で有名らしいパンプキンオリーブオイルを毎朝食にパンを食す夫のために買い求めた。
 

ハップニングの後のなごみのひと時の一日だった。これから286kmバスで移動し、懐かしのザルツブルグへ向かう。
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# by aakinishi | 2014-07-18 12:52 | Trackback | Comments(0)

旅の記録  その6

6月21日d0053828_1071151.jpgd0053828_1091458.jpg
今日は少しゆっくりの出発でホテルから30分ほどのところにある世界遺産である「プリトヴィッツエ湖群国立公園へ向かう。
湖畔をハイキング。久し振りの森林浴とゆっくりの歩調で周囲の景色を楽しむ。

歩行距離は2km、標高差60m此処を2時間かけてウォーキングする。

美しいエメラルドに輝くクロアチアの世界遺産 プリトヴィツェ湖群国立公園!

大小16の湖と92の滝がエメラルドグリーンの幻想的な景観を作り出しており、1979年にユネスコの世界遺産に登録された。
世界で最も美しいと言われる滝を持つ公園という。

水の透明度が凄いため、湖に沈む木々も群れをなして泳ぐ魚の姿もしっかりと確認できる・
2時間ほどかけてウォーキングをした後、遊覧船に乗って湖を周遊する。公園内でも場所によって滝の表情の違いもよくわかり標高の違いが理解できた。
遊覧船に乗って美しい水の色の幻想の中を行くにつれ、実に幸せ感を抱いたのは私だけだったろうか?。緑に映えるエメラルドグリーンの湖はまさにクロアチアを代表する景勝地というだけのことが有る。

白雲岩と石灰岩のカルストから成る地質が、この特徴的な地形を生み出す要因となっている事と、
湖群は最も高い地点で標高636mから、最も低い地点で503m。幅約8kmに渡って、南北方向に水が流れていて最も大きい滝は、70メートルの落差を持っているとの添乗員からの説明だったd0053828_10105245.jpg

d0053828_10111932.jpgウォーキングをしながら美しい景色に心洗われ、済んだ湖を遊覧船に乗って落差によって異なる美しい多くの滝を眺め周囲の自然を満喫し、久しぶりに若い自分をよみがえらせたひとときだった。

美しいということはなんとすばらしいことか!もっとゆっくりしたいという余韻を引きずりながら昼食後はクロアチア共和国の首都ザブレグへ向かう。

ザグレブでは聖母被昇天大聖堂、石の門, 聖マルコ教会などを観光したのだがこの時不覚にもカメラのバッテリーが途中でなくなり多くの写真を撮ることが出来なかったことが残念!記憶のためにあるものだけをアップすることにする。
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d0053828_14584887.jpg現地の人との交流

この方はこの地の男性と結婚して居住している元ガイドさん。


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この方たちはこの地の主婦の方たちで今日はホテルの目の前にある会場で集会が有り出かける途中。とても気さくな方たちだった。




下の写真はザグレブの一部。
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きれいで落着いた街の印象であった。


これは町全体を模型にしたものでここで最初に首都ザグレブについての説明があった。
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# by aakinishi | 2014-07-18 10:17 | Trackback | Comments(0)

旅の記録   その5

6月20日

今日は念願だった世界遺産のドブロヴニク市内観光の日。 

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「アドリア海の真珠」と呼ばれるドブロヴニク。このちの絶景は最近テレビでよく放映され、一度は訪れたいと思っていたが、こん
なに早く実現できるとは・…歓びである。
大聖堂、フランシスコ会修道院、プラツア通り、スボンザ宮殿ドブロヴニクを一望できるできるスポットに、行くことになっている。
このワクワク感。解るかなー?

ドブロヴニクは地図で見ればクロアチア、アドリア海沿岸のダルマチア最南部に位置する都市である。1979年に世界遺産に登録された旧市街は「アドリア海の真珠」とも謳われる美しい町並みを誇ると言われている所。最近 テレビでクルーズ船が立ち寄った番組を見た。アドリア海沿岸でも傑出した観光地であり、たくさんのクルーズ船が寄港する今や人気上昇中の観光地になっているようだ。

1970年代、恒久的に戦争による破壊から守るために非武装化されたが、1991年のユーゴスラビア崩壊に伴う紛争でセルビア・モンテネグロ勢力によって7ヶ月間包囲され砲撃により多大な損害を蒙ったと添乗員さんが説明してくれた。

ドブロヴニクの公用語は1472年までラテン語。その他ダルマチア語、スラヴ語等が使われた時代もあったそうだ。

訪れた順に回想してみよう。

大聖堂:。
バロック様式の大聖堂は18世紀に建てられ、聖ブラシウスの聖遺物と共に象徴的である
祭壇で使われる儀式の道具や、過去の司教の遺骨を納めた聖遺骨入れがかなりの数で並んでいる。遺骨入れといっても、日本人が考える壷のような遺骨入れというわけではなく、聖人の体のパーツをばらばらにして、手だったものは手の容器に、足だったものは足の形の容器に入れて保管しているものである。そして、ガイドによると、このなかに、聖ヴラホの遺骨もあったようなのだが、あまりにも膨大な容器があっ私はこれを装飾品だと思って見過ごしていたが実は遺骨いれだったとは・・・・・。

フランシスコ会修道院:d0053828_1617238.jpg

14〜15世紀建造の修道院。ドブロブニク旧市街のピレ門を入ってすぐのところにある修道院です。入ってすぐのところにヨーロッパでも3番目に古い薬局があり、ピレ門に入ってすぐ左手にあります。 その名の通り修道院なので本来は教会なのですが、同時に教会にある薬局が有名です。薬局はまぐちもせまくこじんまりとしていますが、さすがに歴史を感じさせます。 薬局では昔からのオリジナルコスメなどがいろいろと売っており、それ目当てのお客さんが多いらしいが私たちツアー仲間の一人も日本の友達に頼まれたと言ってクリームを大量に買いこんでいた。d0053828_16164885.jpg

プラツァ通り:
城門のピレ門から続く旧市街のメインストリート。1301年には医療制度が確立しており1317年に現在でも営業している最初の薬局が開業している

ドブロブニクの目抜き通りのプラツァ通りで通りの両側にはカフェや銀行やお土産屋さんなどが軒を並べていて賑わっていた。 狭い路地が網の目のように延びていてゆっくりしたいのは山々なのに時間はすべてを含め2時間半と言われたいるからのんびり買い物などもしていることは出来ない。

時計塔:プラツァ大通りの奥に立つ街のランドマーク。1444年の建造で、上部はブロンズの鐘撞き人を設置した鐘楼。

スポンザ宮殿:
16世紀建てられた後期ゴシック様式とルネサンス様式が融合した宮殿。
アーチ型回廊や柱廊が見事。
建造当時は造幣局や税関などに使用されていました。

ローラント像:中世から存在しているヨーロッパの都市のどこにでもあるのがローラント像。

都市の自由と独立を象徴するものとして町の中心地にだいたい立てられている。そして、ドブロブニクでは、市民評議会で作られた決定事項を布告や法律は、この像の前で読み上げられ、裁判の判決もここで市民に告げられたようだ
中世から存在しているヨーロッパの都市のどこにでもあるのがローラント像.写真を撮るのをうっかりした。

都市の自由と独立を象徴するものとして町の中心地にだいたい立てられている。そして、ドブロブニクでは、市民評議会で作られた決定事項を布告や法律は、この像の前で読み上げられ、裁判の判決もここで市民に告げられたようだ
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ドブロヴニクを一望できるスポット

紺碧のアドリア海と、街を守るために建設された城壁の白、壁に囲まれた旧市街:旧市街を囲む城壁は高さ25m、周囲約2km。城壁の上を歩いて一周でき、アドリア海と旧市街の全景を眺められる。
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建物群の赤い屋根が鮮やかなコントラストを見せ、「アドリア海の真珠」と呼ばれるクロアチア観光のハイライトといわれるだけあって絶句するほどの絶景だ!

この美しい景色を何枚も何枚も写真に収める。しかし、この赤い屋根軍をえがくのは少し難しいな…と思いながらも帰国したら絶対一枚は描こうと心の決めている自分が有った。
とにかく赤い屋根の家々とアドリア海の海の青とのコントラストが胸躍るような印象だった。矢張りきてよかった!!

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もっとゆっくりしたかったがこれはツアー旅行の仕方のないところ。時間に動かされながらのバスでの移動。昼食はイカのフライ。少し塩気がかってはいたが美味しく頂いた。  
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この後は468km先のプリトヴぃツエへ向かう。
夕食はホテルで。明日はプリトヴィッツェ湖畔ハイキング。
今夜の3人のミーティングにはどんな話が飛び出るやら・・・…楽しみである。何しろ誰かさんが無邪気というか大人げないというか、ポンポン出てくる話が私にとっては バカバカしいことだらけなのだが、とにかく私達を笑わせてく れるような話しの仕方がおもしろいから! 「吉本に売っちゃうよ!」と言わせるほど女芸人並み。

ー つづく ー
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# by aakinishi | 2014-07-11 16:41 | Trackback | Comments(0)

旅の記録    その4

6月19日

旅の5日目となる。今日は世界遺産をいくつか回る予定である。
先ず宿泊先のザダールのホテルを出発して約125KM先のトロギールへ向かう。
トロギール は、クロアチアのスプリト=ダルマチア郡の港町。ダルマチアの名前はどこかで聞いたことのある響きと思いながら添乗員の話を聴いていたが矢張り!案の定 あの犬の種類ダルメシアンの故郷だった。トロギールの町は、クロアチア本土との間の小さな島である。1997年、古都トロギールはUNESCO世界遺産に登録された。300年以上もベネチアの支配下におかれ、また19世紀には、ハブスブルグ家に支配された。島なのに陸地とつながっていては宮殿、教会、塔が多数、そして要塞もある。
聖ロブロ大聖堂に立ち寄る。扉には「アダムとイブ」の像が彫られていたが、これはクロチアの宗教美術を代表する傑作だという。

添乗員さんはこのあたりの名産を教えてくれた、ストンの塩:これはあらかじめ調べておいたものなので必ず買って帰ろうと思っていたものである。それとストンのカキも有名だとのこと。チョコレートはイチジクのチョコレートとか、色々あるが中でもクラッシュチョコレートというものが美味しいとのことだった。

レストランで昼食を取った後、次に向かったのはスプリットという街。
スプリットはアドリア海沿岸の中心都市でクロアチアの第2の都市という。
此処では世界遺産のディオクレティアヌス宮殿を見学。ディオクレティアヌスが帝位を退いた後に隠棲しようと、巨大な宮殿を建てた。
宮殿は地元の白い石灰岩や高品質の大理石で建てられたといわれ、さすがその白い宮殿は印象的であった。
スプリット観光をしたのち、いよいよ明日行くこの旅のメイン、ドブロヴニクへバスは向う。
約204KM走る風景にはラべンダーが目立った。この辺はラベンダーで化粧水などが作られているそうだ。
車中の仲間たちは疲れたのかコックリコックリ。8時過ぎにホテルバラマードブロヴニクプレジデントに到着。

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私はこの日は一人部屋。広い部屋に大きなダブルベッド、なぜかたくさんのクッション????? 大きな姿見。大きなクローゼット。衣装入れの引き出しなどなど・…すべて私にはぜいたくすぎる。  もしかしてVIPルーム????
部屋のベランダも贅沢な感じに広く、海の景色も一望でき幸せな感じ!
そして今夜は私の部屋で恒例のミーティング!
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# by aakinishi | 2014-07-09 14:11 | Trackback | Comments(0)

旅の記録   その3

6月18日
早朝にホテルを出発しプーラへ向かう。
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プーラはギリシャ神話にも出るほどの古い町でクロアチア最大の円形劇場がる。収容人数は23000人。
現在は修復され、フェスティバルやオペラの会場となって現役で使用されている。
街の中を散策する。ブーゲンビリアが木のごとく大きく空に向かってたくさんのピンクの花をつけて咲いているのが印象的だった。

この後、約51km先のボレッチへ向い世界遺産である「聖エウフラシス大聖堂」を見学する
この教会の見どころは美しくモザイクでかざられているところである。
トルコに行った時もモザイク絵の素晴らしいものをみたのを彷彿とさせた。
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昼食は新鮮な有機野菜のミックスサラダと豚カツレツ。これは肉も柔らかく美味しく食すことができた。

昼食後は またまた256kmをバス移動となるが途中「天空の街」モトブンを一望できるスポットへ案内された。
確かに青い空の下に美しい街並みが見渡せて気分爽快。記念写真を撮る間もなく再びバスの人となる。

此処からザダールのホテルに向かう途中に添乗員さんが面白い話をしてくれた、
このアドレア海岸沿いにヌーディストビーチというものが有るという。其れについての説明である。
現在はナチュラリストビーチと呼ばれるが、このヌーディストビーチが公的に認められたのは1934年というから、70年以上の歴史を持つことになる。
元イギリス国王エドワード8世(後のウィンザー公爵)とシンプソン夫人の「王冠を賭けた恋」の舞台となった、いわゆる愛の逃避行先が、クヴァネル地方のラブ島という島だった。逃避行をした二人が全裸でおよいだことがきっかけとなり、当局がエドワード8世のヌードスイミングを許可したのが、現在の公的なヌーディストビーチの始まりだということであった。添乗員さんが回し身をさせてくれた雑誌には老若男女が裸で過ごす様子がたくさんあったが私は別にどうとも感じなかったのだが・・・・ということは私もここに住めるかな????(笑)面白い話である。

午後8時過ぎザダールのホテルに到着。ホテル内での夕食ののちは恒例となる3人でのおしゃべりタイム。・・・・そして就寝タイム。     おやすみなさい。
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# by aakinishi | 2014-07-07 14:32 | Trackback | Comments(0)

旅の記録 その2

6月17日(3日目)
スロベニアもクロアチアも時差は8時間。時計を合わせ、ホテルを朝9時出発でブレッド湖観光に出かける。此処は宝石のように美しいと言われる保養地とのこと。日本の皇族もここに滞在した事が有るそうな・・・・。
昨夜のブレッド湖とは又異なる雰囲気の湖の景色を見る。

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断崖に立つブレッド城は私の頭の中に絵を描いた。赤い屋根もよいがこれをブルー系でアレンジしてみよう!帰国したら早速絵筆をとろう!と心は躍った。 
  


湖に浮かぶ島に建っている聖マリア教会に行くために、ここから手漕ぎボートに乗ってその島まで渡ることになった。
右、左の均衡を保つために少しでも動いたりするとかじを取る「お兄様」?(実は小父さま)に叱られる。

島について中に入り願い事がかなえられるという鐘をつく。綱を引張っては見たものの何の反応もない。しかしあとで解ったことなのだが中では聞こえず外でしっかり鐘の音が感知できる仕組みになっていた。私達がトライした時もきっと外の人たちにははっきり鐘の音が聞こえたのであろう。私の願い事は欲ばらず、矢張り唯一つ夫の病気が良くなりますようにということに終始した。

今日の昼食はマス料理。一匹丸ごとのソテイ風の料理であったが、味は良かった。カメラを持っているのに撮影をわすれる。デザートはこの辺の名物的なるクリームケーキ。食事の後、いくらデザートとはいえあまりにも大きく甘いケーキに手は伸びなかった。
昼食後は約100km先のボストイナへ向かう。

このボストイナの鍾乳洞は圧巻!
洞窟の中での写真撮影は禁止されていたので入口のポスターを映す。

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これほどの規模の鍾乳洞が有るとは信じられないほど広範囲でありトロッコ風の乗り物で移動した後、徒歩で1.8kmほど徒歩で見学をするのだが、これまた広さ以外にも色々な形、色、大きさも様々でみる目を楽しませてくれた。ヨーロッパで最大、世界でもこれほどのスケールの物は珍しいとのことだった。感動の日であった。

ボストイナ鍾乳洞見学の後は再びバス移動。次に向かったのは約56km先のオバティアへ。いよいよ念願のクロアチアへ入国。

d0053828_9112693.jpgバス移動で時々トイレ休憩が有る。この地域のトイレは有料で、5クーナ(やく100円)がほとんどである。
食事は有機野菜のサラダあり、豊富な果物あり、味付けも違和感もなく美味しく頂けるものがほとんどで満足!

今日はオバティアのホテルに宿泊。ホテルでの食事の後、広い方の部屋に3人が集まり晩酌をしながら諸々の話に花を咲かせて楽しく過ごす。


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# by aakinishi | 2014-07-05 17:09 | Trackback | Comments(0)

クロアチア・スロベニア・オーストリア・ドイツ周遊の旅

10日間の旅の記憶をたどって一日ずつ記録しておこう。

6月15日
以前から行きたかったクロアチアの旅を夫の体調が安定しているのとその夫が自分は長旅は疲れるから同伴できないが行っておいでという勧めもあって急遽ではあったが阪急交通社のツアーに加わり羽田空港よりエミレーツ航空0313便(ドバイ)で友人2人合わせて3人の旅を始めた。

6月16日
羽田を発って11時間余。機内で2回食事が出た。正直エミレ-ツ航空の食事はおいしい、今までで一番おいしいと感じたの私だけではなく友人も同じだった。メニュウに記してあったが材料を吟味しているとのことだった。道理で・…と納得する。 ドバイ到着。ドバイ空港はやたらと広い!
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乗り換えまでの2時間程はいつも通り免税店をブラブラ。この時間もまた楽し・・・と言うところ。
そして再び機内の人となり約6時間40分ほどでミュンヘン着。ミュンヘンに着いたのは13時。荷物を受け取りバスに積みなおし、1時間ほどで移動がはじまる。その後はずっとバス移動となる。バスの運転手はイバンさん。背が高くがっちりとしてハンサムな男性である。まだ若い!力持ちそうであるし頼れそう。363km走ってスロベニアのホテル着。3人参加ゆえ、一人部屋を公平に割り勘で一人と二人をあみだくじで順番を決めた。これはよい考えだと思う。部屋が決るとすぐ部屋のチェック。 電気、バスルーム、トイレなどの点検をする。私達の部屋は問題なかったが他の人たちはいろいろあったようだ。 夕食はこのホテルで取る。
チップは原則なし。水は硬水ゆえ 飲みすぎないようにすればよいとのことだがなるべくミネラルウォーターを買った方が安心だと添乗員はアドヴァイスをして下さった。周りの美しい景色を眺めながらの移動は最初の日だからなのか眠くもならず終始楽しみながら眺めることが出来た。d0053828_1822430.jpg
クロアチア通貨は@クーナで日本円で約20円。@ユーロは日本円約140円。
夕食時に飲み物を依頼する。ビールとワインと比べて水のほうが高い!日本でのことを考えると何か変。
サラダの野菜は有機栽培とのことで新鮮で美味しい。
夕刻のブレッド湖の周辺を散歩して・・・ロマンティックな気分に浸った後、
今夜はゆっくり休んで明日からの旅に備えようと早めに就寝することにした。

つづく・・・・・
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# by aakinishi | 2014-07-02 22:33 | Trackback | Comments(0)

日記ーいつもの会の旅行

私達が何時も何かあるごとに集まって楽しく過ごす会が有る。

その名はズバリ「いつもの会」という。

年に一回 春から初夏にかけてバス旅行をする。
今年は群馬、栃木方面と決まった。夫の体調は旅行で歩き回るほどの元気はないと言うので今回は私一人での参加となる。

5月13日(火)
薬園台駅までバスが来てくれ一行が乗り込む。次は天沼公園脇でもう一つの一行が乗り込み総勢27人での旅となる。
今日のメインの見学は テレビで盛んに放映されている6月に世界遺産として登録されるであろう富岡製糸場に立ち寄る事。d0053828_1646763.jpg
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敷地面積53,738㎡(16,255坪)の中にまゆから生糸
をとる作業がおこなわれていた繰糸場をはじめ、乾燥させたまゆを貯蔵する東繭倉庫、西繭倉庫、生糸の検査を担当したフランス人の住居だった検査人館、日本人工女に器械による技術を教えるフランス人女性教師の住居であった女工館、診療所などが設置されフランスの技術導入から始まり、日本独自の自動製糸機の実用化まで製糸の技術革新が行われた痕跡を目の当たりにした。d0053828_914493.jpgd0053828_17123191.jpg
今夜は草津温泉泊でゆっくり草津の湯を楽しむ事になっている。
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西ノ河原をゆっくり散策し、新緑の季節を満喫する_宿泊したホテル「ホテル桜井」は何と五つ星!さまざまな娯楽施設あり、広い温泉と露天ぶろ、一か所に3個のエレベーターが完備され部屋の中は何と大小合わせて三部屋もある食事をする場所も広く食事もまあ満足するものであった。唯部屋は薄い壁で仕切られているゆえ、 隣のカラオケをやっている声が筒抜け。しかも あまり上手ではない歌声が聞こえてきて少しうるさかった。
d0053828_21545831.jpg隣の食事時間が済んで静けさが戻ってきた時点からこちらの余興が始まった。
余興といっても矢張りカラオケ。皆の喉を聴きながらすすめられるままのお酒に良い気分だった。
貸切の3階の部屋のつくりは同じようであった。幹事さんの決めてくれた部屋割はそれぞれ考えてくれた組み合わせであった。私の部屋は5人。笑わせる人。それに合せて笑う人。おっとり静かにその様子を眺めてにやにやする人。とさまざまだったがお腹の筋肉が痛くなるほど笑いが有り本当に楽しい一晩であった。「ごきげんよう」言葉遊び・・・これをやった わたしとYさんは全く良いコンビであったと今思い出しても笑いがこみあげてくる。


5月14日(水)

次の朝は礼儀正しい女将以下大勢の仲居さんたちがずらりと並ぶ脇を通りバスが発車。
長い長い階段を上り水沢観音を参拝する。今年が無事過ごせますように・・・・
昼食は「水沢うどん」。うどんは美味しく食したが添えの舞茸てんぷらのボリュームには驚いた。いささかこれは食べきれない。


d0053828_2135576.jpg次によったのは足利フラワーパーク。d0053828_21433291.jpg






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此処の藤が有名なのだが、紫のフジは既に満開の時期を過ぎ、目下黄藤の見頃の時期となっていた。美しいと言えば此処の花の管理は素晴らしく、さまざまの花が咲きそろい、その美しさを競っていた。今年も私の個展は「花」を中心とするのでモチーフの花には事欠かないとわくわくしながら其々の美しさをカメラに収めた。
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ココ・ファーム ワイナリーを見学し、そこで作られる赤、白のワインを試飲し、みなそれぞれのお好みのワインをおみやげに購入していた。 ワイン好きの私も自分用に赤白のワインとワインに合うおつまみとして乾燥のバナナ、ぶどう、マンゴーのセットを買い夜の楽しみが増える感ありと一人悦に入った。
今回の旅も何の事故もなくいつもの顔触れに新しい人たちが数人加わり、楽しい2日間を過ごすことが出来、無事帰宅の途に就いた。

美味しいものを食べ、いつもより沢山のアルコールを飲み、良く笑いの2日間は当に命の洗濯!
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# by aakinishi | 2014-05-29 16:29 | Trackback | Comments(0)

八方美人 と利口馬鹿

d0053828_14194084.jpg八方美人
勿論のこと人というのは様々である。

あちらでもこちらでも「良い人」になっている人がいるが 単純にこういう人が八方美人というのだろうと思っていた。しかしそれはもっと広い意味にとらえられることをも知ったのは 私が高校生の頃、その学校のある教師が私に「なんでもやれる八方美人さん」と何回か からかわれたことがある。
八方美人という言葉は悪い方の意味しか理解してなかったので、この時は少し意味が違わない?といぶかしい思いもあったが、この先生の言葉は 何事もやりこなしてしまうということも八方美人という言葉につなげているのだろうと、少しだけ誇らしかった。(笑)

でも思うに、この言葉をこのように使うのは間違いでは?と今でも思っている。

しかし私自身の性格は本当にはっきりしていると自分でも思う。白は白、黒は黒とはっきりしている。
節操がないことを嫌い、決断力と実行力には人には引けを取らないと自負している私。
一度自分で決めたことは必ずやりきろうとする私。主義、主張もはっきりとしている私。こんなはっきりした性格はむしろ他人からしては私という人間を簡単に理解することができるだろうと思う。


はっきりしているということは敵を作る要素もあるが、腹を割って話ができる相手でもある。
だからなのかもしれないが個人的な相談事を含め気を許してくれる人も多い。

その半面あちらでもこちらでも良い子ぶりっこな人に対しては 心の中で「ふーん、いやな人には絶対思われたくない類の人なんだろうな」と思うとどこまでその人のことを信用して良いのか理解に苦しむこともある。

ある人がこのような人のことを「大人だねー。そこへ行くと私たちは子供なのかしら?」」と言った。
私達が若いころ、まだ純粋だったころ、大人というものを「ずるい」と決めつけていた時代が有る。
軽蔑的感情で見た時期もある。其れが私達も今やれっきとした大人になってしまった。
だからずるく立ち回り、何時もよい人になって、曖昧にすることが大人的行動なのかもしれないが・・・・・・・・・其れは私には受け入れ難い事なのである。

色々な面で八方美人的な行動をしているのを見ると本心が分からない。答えが一つではなくまちまちである。残念なことでもあるが本音は言わないで付き合うしかないのかとさへ思うところもあるのだが・・・・・まあ、八方美人の意味を拡大解釈するしかないのかもしれない。


馬鹿と利口

過ぎたることに対して使う言葉に 上に(馬鹿(ばか))とつく事が有る。ばか正直な人、ばか丁寧な人などなど。
「過ぎたるは及ばざるがごとし」というが 尤も然り!。
 
理屈ばかりを馬鹿長々と語る人の話、過去の話ばかりを馬鹿丁寧に繰り返す人の話、馬鹿優しくて却って面倒で、うるさく(今風の言葉で言えばうざったい)感じられる人の行動などなど。

だがこの馬鹿と上につく人は本当は利口なのではなかろうか?
多くの人と違う行動が取れる人。その行動に対して尤もらしい理屈をつけて自分の立場を保つ事が出来る人。・・・・・この類の人は「上手に立ち回れる利口な人」なのである。賢い人なのである。賢いの中にも少しだけ 「ずる」という賢さが 加わっているのではなかろうか? 

優柔不断で曖昧、狡猾に立ち回るも その存在は常に良い人・・・
ここで自分にない要素がいっぱいある人がうらやましいのかと自問自答すると、 決してうらやましくはない。唯 あーあ それまでかと落胆のみが残る。
 
「いい子ちゃんはいいね!」意味が深いですよ。この一言は・・・・・・。















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# by aakinishi | 2014-05-29 14:22 | Trackback | Comments(0)